工事進行基準と完成基準の違いとは?会計処理法をわかりやすく解説

この記事の要約
- 工事進行基準と完成基準の基本的な違いを比較表で解説
- 2つの基準それぞれの詳しい会計処理方法と計算の流れ
- 自社がどちらを選ぶべきかの判断基準と会計上の注意点
- 目次
- 工事進行基準と完成基準の基本的な違い【会計の基礎知識】
- 工事進行基準とは?
- 完成基準とは?
- 一目でわかる比較表(工事進行基準 vs 完成基準)
- 工事進行基準の詳しい会計処理方法
- 工事進行基準の適用要件
- 工事収益の計上方法(進捗度の見積もり)
- 工事進行基準のメリット・デメリット
- 完成基準の詳しい会計処理方法
- 完成基準の適用が認められるケース
- 工事収益の計上方法
- 完成基準のメリット・デメリット
- どちらを選ぶべき?基準選択時の考慮点と会計上の注意点
- 読者のよくある不安:「自社はどちらを採用すべき?」
- 会計基準を変更する場合の手続きと注意点
- 税務上の取り扱いとの関連性
- まとめ:工事進行基準と完成基準を理解し適切な会計処理を
- 工事進行基準・完成基準に関するよくある質問(Q&A)
工事進行基準と完成基準の基本的な違い【会計の基礎知識】
建設業やシステム開発など、完成までに長期間を要する契約では、売上をいつ計上するかが経営成績に大きな影響を与えます。この収益認識の方法として「工事進行基準」と「完成基準」という2つの主要な会計基準が存在します。まずは、これら2つの基準が根本的にどう違うのか、その概要と特徴を解説します。
工事進行基準とは?
工事進行基準(こうじしんこうきじゅん)とは、工事の進捗度合いに応じて、決算期ごとに売上(収益)と費用を計上する会計処理方法です。
例えば、3年間の工事であれば、1年目、2年目にもその時点での進捗状況に見合った売上を計上します。これにより、工事期間が長期にわたる場合でも、各事業年度の経営成績(どれだけ利益が出たか)を適切に反映させることが可能となります。
完成基準とは?
完成基準(かんせいきじゅん)とは、工事がすべて完成し、成果物を発注者に引き渡した時点で、工事全体の売上(収益)と費用を一括して計上する会計処理方法です。
工事進行基準とは対照的に、工事期間が3年であっても、1年目と2年目の決算では売上を一切計上しません。そして、最終的に完成・引き渡しが完了した3年目に、すべての売上とそれにかかった全費用を計上します。会計処理自体はシンプルですが、工事期間中の業績が実態と乖離しやすい側面があります。
一目でわかる比較表(工事進行基準 vs 完成基準)
2つの基準の主な違いを理解するために、以下の比較表で整理してみましょう。
| 比較項目 | 工事進行基準 | 完成基準 |
|---|---|---|
| 収益認識のタイミング | 工事の進捗度に応じて、決算期ごとに計上 | 工事が完成し、引き渡した時点で一括計上 |
| 費用の計上 | 収益に対応させて計上(進捗度に応じて) | 完成時に、収益と対応させて一括計上 |
| 経営状況の反映 | 各期の経営成績を適切に反映しやすい | 業績が特定の期に集中し、変動が大きくなる |
| 会計処理の複雑さ | 複雑(進捗度の見積もりが必要) | シンプル |
| 主な適用対象 | 大規模・長期の工事(※) | 中小企業の短期工事など |
(※一定の要件を満たす場合は強制適用されます)
工事進行基準の詳しい会計処理方法
工事進行基準は、各期の経営実態をより正確に財務諸表へ反映させるための会計処理です。特に上場企業や大規模な工事を手掛ける企業にとっては、適用が必須となるケースも多い重要な基準です。ここでは、その適用要件や具体的な収益の計算方法、採用するメリット・デメリットを掘り下げて解説します。
工事進行基準の適用要件
工事進行基準は、どの工事にも自由に適用できるわけではありません。日本の会計基準では、収益認識の信頼性を担保するため、以下の3つの要件をすべて満たす場合に適用が義務付けられています。
・ 工事収益総額を信頼性をもって見積もることができる
・ 工事原価総額を信頼性をもって見積もることができる
・ 決算日における工事進捗度を信頼性をもって見積もることができる
これらの見積もりの信頼性が確保できない場合は、原則として工事進行基準を適用できず、完成基準を用いることになります。
[出典:企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準第29号 収益認識に関する会計基準」]
工事収益の計上方法(進捗度の見積もり)
工事進行基準で収益を計上するためには、「工事進捗度」を合理的に見積もる必要があります。この進捗度を測る方法として、実務上最も広く用いられているのが「原価比例法」です。

- 原価比例法による収益計上の流れ
1. 原価比例法とは
原価比例法は、決算日までに実際に発生した工事原価が、見積もられている工事原価総額に対してどれくらいの割合(%)かを算出し、その割合をもって工事進捗度とする方法です。原価の発生状況は進捗度を客観的に反映しやすいという考え方に基づいています。2. 計算式
原価比例法を用いた場合の計算式は以下の通りです。・ 工事進捗度の計算
進捗度 = 決算日までの実際発生原価 ÷ 工事原価総額・ 当期に計上する売上高(工事収益)の計算
当期の売上高 = 工事収益総額 × 当期の進捗度 − 前期までに計上した売上高この計算により、工事期間全体にわたって収益が適切に配分されます。
工事進行基準のメリット・デメリット
工事進行基準の採用には、経営実態の正確な把握という大きなメリットがある一方、見積もりや管理の複雑さというデメリットも伴います。
| メリット | デメリット | |
|---|---|---|
| 工事進行基準 | ・ 期間収益が安定し、経営実態を把握しやすい ・ 投資家や金融機関への説明責任を果たしやすい |
・ 進捗度の見積もりが困難な場合がある ・ 見積もりの客観性・恣意性が問題になる ・ 会計処理や事務作業が煩雑になる |
完成基準の詳しい会計処理方法
完成基準は、工事進行基準とは対照的に、非常にシンプルな会計処理方法です。特に工事期間が短い場合や、中小企業の会計実務において広く採用されています。このセクションでは、完成基準がどのような場合に適用され、どのように収益を計上するのか、その詳細とメリット・デメリットを解説します。
完成基準の適用が認められるケース
完成基準は、以下のいずれかの場合に適用が認められています。
・ 工事進行基準の3要件を満たさない場合:
「収益総額」「原価総額」「進捗度」のいずれか一つでも信頼性をもって見積もることができない場合、進行基準は使えないため完成基準が適用されます。
・ ごく短期間の工事の場合:
工事期間が非常に短い(例:決算日をまたがない、または数ヶ月程度)場合は、進捗度を測る重要性が低いため、実務の簡便性から完成基準の適用が認められています。
・ 中小企業の場合:
日本の会計実務上、中小企業(特に「中小企業の会計に関する指針」の適用対象企業)においては、事務負担を考慮し、すべての工事について完成基準を採用することが認められています。
[出典:日本税理士会連合会ほか「中小企業の会計に関する指針」]
工事収益の計上方法
完成基準における会計処理は非常に明確です。
・ 収益と費用の計上タイミング:
工事がすべて完了し、発注者へ目的物を引き渡した日(検収日など)が属する事業年度において、工事収益総額(請負金額)と、その工事にかかった工事原価総額を一括して計上します。
・ 工事期間中の処理:
工事が完成するまでの期間(決算期末)においては、売上はゼロです。その時点までにかかった費用(材料費、労務費、経費など)は、「未成工事支出金(みせいこうじししゅつきん)」という資産の勘定科目で処理されます。これは、貸借対照表(B/S)において「仕掛品」と同様の流動資産として計上され、完成時に工事原価として費用に振り替えられます。

完成基準のメリット・デメリット
処理がシンプルな完成基準にも、メリットとデメリットが存在します。
| メリット | デメリット | |
|---|---|---|
| 完成基準 | ・ 会計処理が非常にシンプルでわかりやすい ・ 収益と費用の対応関係が明確である |
・ 工事期間中の経営成績が損益計算書に反映されない ・ 工事が集中する期としない期で業績の変動が激しくなる ・ 経営実態の把握が遅れる可能性がある |
どちらを選ぶべき?基準選択時の考慮点と会計上の注意点
ここまで2つの基準を解説してきましたが、実務では「自社はどちらを採用すべきか?」という点が最も重要です。上場企業などは進行基準が強制されるケースがありますが、多くの中小企業には選択の余地があります。ここでは、基準選択の考え方と、会計処理における注意点を解説します。
読者のよくある不安:「自社はどちらを採用すべき?」
「結局、うちの会社はどっちを使えばいいの?」という疑問に対する答えは、会社の状況によって異なります。選択の鍵となるのは、「工事の実態」と「会計処理(管理)能力」の2点です。
- 採用基準の選択ガイド
工事進行基準が適しているケース
・ 工事期間が1年を超える長期の案件が多い
・ 工事原価総額や進捗度を客観的に見積もる体制(原価管理システムなど)が整っている
・ 上場企業や、金融機関からの融資などで正確な期間損益の報告が求められる完成基準が適しているケース
・ 工事期間が短い(数週間~数ヶ月)案件がほとんどである
・ 工事ごとの正確な原価総額や進捗度の見積もりが実務上困難である
・ 会計処理の事務負担をできるだけ軽減したい中小企業
会計基準を変更する場合の手続きと注意点
一度採用した会計基準(工事進行基準または完成基準)は、原則として毎期継続して適用する必要があります。これは、財務諸表の「期間比較可能性」を担保するためです。
「正当な理由」がない限り、みだりに会計基準を変更することはできません。正当な理由(例:上場準備のために進行基準へ統一する、関連会社の会計方針と統一するためなど)により変更する場合は、会計方針の変更として処理し、なぜ変更したのか、どのような影響があるのかを財務諸表に注記する必要があります。
税務上の取り扱いとの関連性
会計上のルール(企業会計)と、税金計算上のルール(税務会計)は、必ずしも一致するとは限りません。
特に法人税法では、一定の要件(請負金額10億円以上、工期1年以上など)を満たす「長期大規模工事」については、工事進行基準(税法上の呼称)の適用が強制されます。たとえ中小企業が会計上「完成基準」を採用していても、税務申告上はこの長期大規模工事に該当すれば、進行基準で計算し直して申告(申告調整)する必要があり、注意が必要です。
[出典:国税庁「No.5406 長期大規模工事の請負に係る収益及び費用の帰属事業年度」]
採用している会計基準が税法上の要件も満たしているか、必要に応じて税理士などの専門家に相談し、適切に申告・納税を行うことが重要です。
まとめ:工事進行基準と完成基準を理解し適切な会計処理を
本記事では、工事契約における2つの主要な会計処理方法、「工事進行基準」と「完成基準」について、その違い、処理方法、メリット・デメリットを解説しました。
・ 工事進行基準:工事の進捗に応じて収益を計上します。各期の経営実態をタイムリーに反映できますが、進捗度の見積もりなど会計処理が複雑になります。
・ 完成基準:工事の完成・引渡し時に収益を一括計上します。処理はシンプルですが、工事期間中の業績が把握しにくく、業績の変動が大きくなりやすい特徴があります。
上場企業や大規模工事では進行基準の適用が求められますが、多くの中小企業では実態に応じて選択が可能です。自社の工事の特性(期間、規模)や、原価・進捗度を見積もる管理体制を踏まえ、適切な会計基準を選択・適用することが、正確な経営状況の把握とステークホルダーへの説明責任を果たす上で不可欠です。
工事進行基準・完成基準に関するよくある質問(Q&A)
Q. 赤字が見込まれる工事(工事損失引当金)はどう処理する?
A. 工事進行基準を採用しているか完成基準を採用しているかに関わらず、工事の原価総額が収益総額を上回り、赤字(損失)が発生することが見込まれる場合は、その損失額が判明した時点で「工事損失引当金(こうじそんしつひきあてきん)」として費用処理(当期の損失として計上)する必要があります。損失の隠蔽は認められません。
Q. 工事の進捗度はどうやって測るのが一般的ですか?
A. 最も一般的なのは、記事中でも触れた「原価比例法」(発生原価の割合で測る方法)です。その他、建設現場での物理的な進捗(例:杭を何本打ったか、何階まで建設が進んだか)を測る方法や、作業時間など、実態に応じて合理的に進捗度を測定できる方法であれば認められる場合があります。
Q. 中小企業でも工事進行基準を採用できますか?
A. はい、採用できます。完成基準が認められている中小企業であっても、金融機関からの評価向上や、経営管理の高度化(リアルタイムな業績把握)の観点から、任意で工事進行基準の適用要件(収益・原価・進捗度の信頼性ある見積もり)を満たして適用することは可能です。




