インボイス制度とは?建設業の会計処理における実務対応を解説

この記事の要約
- 建設業の会計実務への影響と一人親方取引の課題を解説
- 経過措置の期間や控除割合、インボイス記載要件を整理
- 2割特例や少額特例など負担軽減措置の活用法を紹介
- 目次
- インボイス制度が建設業の会計に与える影響とは
- インボイス制度(適格請求書等保存方式)の基本概要
- 建設業における「売り手」と「買い手」双方の視点
- 建設業の会計実務で焦点となる「一人親方」への対応
- 免税事業者(一人親方)との取引における課題
- 経過措置(8割控除・5割控除)の活用と期間
- インボイス制度導入に伴う具体的な会計処理の手順
- 適格請求書(インボイス)に必要な6つの記載要件
- 消費税の端数処理と帳簿への記載事項
- 少額特例などの事務負担軽減措置
- 課税事業者になるべきか?会計・経営視点での比較検討
- インボイス登録するメリット・デメリットの整理
- 簡易課税制度と2割特例の選択
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
- Q1. 建設業の一人親方は必ずインボイス登録しなければなりませんか?
- Q2. 銀行振込の手数料もインボイスが必要ですか?
- Q3. 「2割特例」はいつまで適用されますか?
インボイス制度が建設業の会計に与える影響とは
インボイス制度は消費税の仕入税額控除に関する新たなルールであり、導入以降、経理処理の手順が大きく変化しています。特に重層下請け構造が特徴的な建設業では、自社が発注者となる場合と受注者となる場合の双方で異なる対応が求められるため、会計実務への具体的な影響を正しく把握する必要があります。

インボイス制度(適格請求書等保存方式)の基本概要
インボイス制度(適格請求書等保存方式)とは、消費税の仕入税額控除を受けるために、一定の要件を満たした「適格請求書(インボイス)」の保存を義務付ける制度です。
これまで採用されていた「区分記載請求書等保存方式」では、請求書等に軽減税率の対象品目である旨や税率ごとの対価の額を記載すれば、比較的広範囲に仕入税額控除が認められていました。しかし、インボイス制度においては、税務署長に登録申請を行った「適格請求書発行事業者」が発行するインボイスがなければ、原則として買い手側は消費税の仕入税額控除を行うことができません。
会計実務においては、単に数字を入力するだけでなく、受領した請求書がインボイスの要件を満たしているかの確認(適格性チェック)や、発行事業者の登録番号の照合といった新たな業務プロセスが発生します。これにより、経理担当者の事務負担は以前よりも増加傾向にあります。
建設業における「売り手」と「買い手」双方の視点
建設業は、元請け・下請け・孫請けといった重層的な構造で成り立っています。そのため、多くの建設業者は「工事を発注する買い手」としての側面と、「工事を受注する売り手」としての側面を併せ持っています。それぞれの立場で会計に与える影響は以下の通りです。
- 立場ごとの主な影響
- 売り手(受注者)としての影響
自社が適格請求書発行事業者として登録を行っているかどうかが重要になります。登録している場合は、請求書のフォーマットを変更し、登録番号などの必要事項を記載しなければなりません。一方、登録しない(免税事業者のままでいる)場合は、取引先(発注者)が仕入税額控除を行えないため、取引条件の見直しを求められる可能性があります。 - 買い手(発注者)としての影響
外注先や資材購入先から受領した請求書が適格請求書であるかを確認する必要があります。相手先が適格請求書発行事業者であれば従来通り仕入税額控除が可能ですが、免税事業者である場合は原則として控除ができません(経過措置あり)。これにより、仕訳入力時の税区分や消費税額の計算が複雑化し、経理処理の工数が増加します。
- 売り手(受注者)としての影響
建設業の会計実務で焦点となる「一人親方」への対応
建設業界には多くの免税事業者である「一人親方」が存在します。インボイス制度導入により、免税事業者への外注費に関する消費税の取り扱いが大きく変わるため、コスト管理と会計処理の両面で対策が急務です。ここでは、一人親方との取引における具体的な課題と、激変緩和措置である経過措置について解説します。
免税事業者(一人親方)との取引における課題
これまで、建設会社が免税事業者である一人親方に工事を外注した場合でも、支払った消費税相当額は全額「仕入税額控除」の対象とすることができました。これは、会計上「未成工事支出金」や「完成工事原価(外注費)」として処理される金額の中に含まれる消費税額が、そのまま控除対象となっていたことを意味します。
しかし、インボイス制度においては、免税事業者からの仕入れ(外注費)については、原則として仕入税額控除が適用されません。
この変更により、建設会社(発注者)側には以下の会計的・経営的リスクが生じます。
- 税負担の増加
免税事業者に支払った消費税分を控除できないため、自社が国に納付する消費税額が増加し、最終的な利益を圧迫します。 - コスト管理の複雑化
同じ工事内容でも、発注先が「課税事業者」か「免税事業者」かによって実質的なコスト負担が異なるため、原価管理や予算作成が難しくなります。
これに対応するため、現場では取引価格の交渉や契約内容の見直しが必要となるケースが増えています。ただし、一方的な値下げ強要や取引停止は独占禁止法や下請法に抵触する恐れがあるため、慎重かつ法的な配慮を持った対応が求められます。
経過措置(8割控除・5割控除)の活用と期間
免税事業者との取引による急激な税負担増加を避けるため、一定期間は仕入税額相当額の一定割合を控除できる「経過措置」が設けられています。会計担当者はこの期間と控除割合を正確に把握し、会計システムの税区分設定や税額計算に反映させる必要があります。
以下の表は、免税事業者からの仕入れに係る経過措置の期間と割合を示したものです。
表:免税事業者からの仕入れに係る経過措置
| 期間 | 控除可能な割合 |
|---|---|
| 2023年10月1日 ~ 2026年9月30日 | 仕入税額相当額の 80% |
| 2026年10月1日 ~ 2029年9月30日 | 仕入税額相当額の 50% |
| 2029年10月1日 ~ | 0%(控除不可) |
[出典:国税庁 インボイス制度 公表サイト]
この経過措置を適用するためには、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等の保存に加え、帳簿に「80%控除対象」や「50%控除対象」など、経過措置の適用を受ける旨を明確に記載(またはシステム上の区分を選択)する必要があります。
インボイス制度導入に伴う具体的な会計処理の手順
正しい仕入税額控除を受けるためには、要件を満たした適格請求書の保存と、適切な帳簿への記載が不可欠です。ここでは、実務担当者が押さえておくべき請求書の記載事項や、事務負担を軽減する特例措置について、具体的な手順とともに解説します。

適格請求書(インボイス)に必要な6つの記載要件
従来の「区分記載請求書」に対し、適格請求書(インボイス)として認められるためには、以下の項目が全て記載されている必要があります。特に登録番号と適用税率・消費税額の記載は必須となるため、受領時に不備がないか厳格なチェックが必要です。
- インボイスの記載要件リスト
- 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
Tから始まる13桁の番号が正しく記載されているか確認します。 - 取引年月日
工事完了日や引渡し日などが該当します。 - 取引内容
「○○工事代金」など。軽減税率の対象品目である場合はその旨も必要ですが、建設業の主な取引では標準税率(10%)が一般的です。 - 税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜き又は税込み)及び適用税率
8%対象と10%対象を明確に分けます。 - 税率ごとに区分した消費税額等
端数処理のルールに従って計算された金額である必要があります。 - 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
自社(発注者)の名称です。簡易インボイスの場合は省略可能です。
- 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
消費税の端数処理と帳簿への記載事項
インボイス制度では、消費税額の計算において「端数処理」のルールが明確化されました。具体的には、「1つのインボイスにつき、税率ごとに1回のみ」端数処理を行うことができます。
個々の商品や工事明細ごとに消費税を計算して端数処理を行い、それを合計することは認められません。会計ソフトへの入力時や自社で請求書を発行する際は、このルールに従ってシステムが設定されているか確認が必要です。
また、以下のケースのように、インボイスの交付を受けることが困難な一定の取引については、帳簿のみの保存で仕入税額控除が認められます(帳簿のみ保存の特例)。
- 適格簡易請求書の記載事項(取引年月日、内容、対価の額など)
- 帳簿のみ保存の特例の対象となる旨(例:「3万円未満の公共交通機関による旅客の運送」、「入場券等が回収される取引」など)
少額特例などの事務負担軽減措置
中小規模の建設業者にとって、全ての取引でインボイスを保存・確認することは大きな負担となります。そこで、一定規模以下の事業者には事務負担を軽減する「少額特例」が設けられています。
- 対象者
基準期間(前々事業年度)の課税売上高が1億円以下、または特定期間(前事業年度開始の日から6ヶ月間)の課税売上高が5,000万円以下の事業者 - 内容
税込1万円未満の課税仕入れ(経費支払い等)については、インボイスの保存がなくとも、一定の事項を記載した帳簿の保存のみで仕入税額控除が可能です。
この特例は2023年10月1日から2029年9月30日までの取引に適用されます。対象となる事業者は、少額な現場消耗品費やコインパーキング代、近距離の交通費などの処理において、インボイス確認の手間を大幅に削減できるため、積極的に活用すべき制度です。
課税事業者になるべきか?会計・経営視点での比較検討
免税事業者である一人親方や小規模事業者は、インボイス登録を行うか否かの経営判断を迫られます。取引先との関係維持や納税負担の変化など、メリットとデメリットを比較し、自社に最適な選択を行うことが重要です。
インボイス登録するメリット・デメリットの整理
インボイス発行事業者になる(課税事業者になる)場合と、ならない(免税事業者のままでいる)場合の主な違いを以下の表に整理しました。
表:インボイス登録の判断基準(比較表)
| 項目 | インボイス登録した場合(課税事業者) | 登録しない場合(免税事業者) |
|---|---|---|
| 取引先への影響 | 取引先が仕入税額控除できるため、取引継続しやすい | 取引先の税負担が増えるため、値引きや取引停止のリスクがある |
| 消費税の納税 | 納税義務 あり | 納税義務 なし(益税となる) |
| 会計・事務負担 | 申告・納税の手間が増える | 従来どおり(ただし請求書対応等は必要) |
元請け企業との取引が売上の大半を占める場合は、登録を行わないことで発注が減少するリスクが高いため、課税事業者への転換を選択するケースが多く見られます。一方、主な顧客が一般消費者(BtoC)であるリフォーム業者などの場合は、登録の必要性が低いこともあります。
簡易課税制度と2割特例の選択
新たに免税事業者から課税事業者になった場合、事務負担や税負担を軽減するための特例措置や計算方法を選択することができます。
- 2割特例(期間限定)
インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった事業者を対象に、売上にかかる消費税額の2割を納税額とすることができる特例です。事前の届出は不要で、申告時に選択可能です。業種に関わらず一律2割となるため、特に経費(仕入れ)が少ない業種ではメリットが大きくなります。適用期間は2023年10月1日から2026年9月30日を含む課税期間までです。 - 簡易課税制度(恒久的措置)
基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者が、事前の届出により選択できる制度です。実際の仕入れ税額を計算するのではなく、売上税額に「みなし仕入率」を掛けて控除額を算出します。
建設業の場合、簡易課税のみなし仕入率は以下の区分が適用されます。
- 第3種(70%): 建設業(元請け工事、資材の提供がある場合など)
- 第4種(60%): 建設業(主に加工賃収入など、資材提供がない場合)
「2割特例」と「簡易課税制度」のどちらが有利になるかは、経費率や事業形態によって異なります。また、大規模修繕などで高額な設備投資を行う年は、実額計算(本則課税)の方が有利になる場合もあります。会計事務所等でシミュレーションを行い、より納税額を抑えられる方法を選択することが賢明です。
まとめ
本記事では、建設業におけるインボイス制度の導入と、それに伴う会計処理の実務対応について解説しました。
建設業は下請構造が複雑であり、特に一人親方との取引における会計処理の変更点は経営に大きな影響を与えます。実務においては以下のポイントが重要です。
- 売り手・買い手双方の立場での影響範囲の把握
- 免税事業者との取引における経過措置(80%・50%控除)の適切な適用
- インボイスの記載要件(6項目)と端数処理ルールの遵守
- 2割特例や簡易課税制度などの負担軽減策の検討
会計処理が複雑になるため、インボイス対応の会計システムの導入や、税理士への相談も視野に入れながら準備を進めましょう。正確な知識と適切な対応が、制度変更後の安定した経営基盤を作ります。
よくある質問(FAQ)
最後に、建設業の会計担当者や一人親方から寄せられることの多い質問とその回答をまとめました。実務判断の参考にしてください。
Q1. 建設業の一人親方は必ずインボイス登録しなければなりませんか?
必ずしも登録義務はありません。しかし、登録しない場合、元請け業者(発注者)が消費税の仕入税額控除を行えなくなるため、取引条件の見直しや発注控えにつながる可能性があります。取引先との関係性や、自身の売上構成(対事業者か対消費者か)を考慮して判断する必要があります。
Q2. 銀行振込の手数料もインボイスが必要ですか?
原則として、振込手数料を売り手(受注者)が負担する場合や、買い手(発注者)が負担する場合で処理が異なります。しかし、「少額特例(1万円未満)」の対象となる事業者の場合は、インボイスの保存は不要で、帳簿のみの保存で対応可能です。多くの振込手数料は1万円未満であるため、この特例を活用できるケースが一般的です。
Q3. 「2割特例」はいつまで適用されますか?
2023年(令和5年)10月1日から2026年(令和8年)9月30日を含む課税期間まで適用されます。この期間中は、事前の届け出なしで、確定申告時に適用を選択することができます。なお、基準期間の課税売上高が1,000万円を超えるなど、特例の対象外となる要件もあるため確認が必要です。





