建設業の36協定とは?人事が担う運用実務を解説

この記事の要約
- 建設業も2024年4月から残業上限規制が完全適用され罰則対象
- 新様式第9号の4の作成や災害時特例など実務の変更点を解説
- 違反時は刑事罰だけでなく指名停止や経審減点のリスクがある
- 目次
- 建設業の36協定とは?人事が知っておくべき基礎知識と背景
- 36協定(サブロク協定)の概要
- 建設業における「2024年問題」と36協定の関係
- 人事が主導すべき「働き方改革」の重要性
- 2024年4月適用!建設業の残業上限規制と人事が押さえるポイント
- 原則となる時間外労働の上限
- 特別条項付き36協定の上限(建設業の特例)
- 一般則と建設業の規制内容の比較
- 建設業の36協定届出へ向けて人事が実行する運用ステップ
- ステップ1:労働者代表の適正な選出
- ステップ2:36協定届(様式第9号の4)の作成
- ステップ3:労働基準監督署への届出と周知
- ステップ4:労働時間の把握と健康管理体制の整備
- 36協定違反のリスクとは?人事が防ぐべき罰則と企業の責任
- 労働基準法違反による罰則規定
- 企業名公表や指名停止などの社会的制裁
- 安全配慮義務違反と損害賠償リスク
- 建設業の人事が抱く「上限規制」への懸念と解決策
- 現場の「人手不足」と「工期遵守」の板挟みへの対応
- 災害時・緊急時の対応ルール
- 協力会社(下請け)の労務管理への関与
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
- Q1. 建設業で「36協定」を締結しなかった場合どうなりますか?
- Q2. 新様式(様式第9号の4)はどこで入手できますか?
- Q3. 現場監督や設計者など、職種によって上限規制に違いはありますか?
建設業の36協定とは?人事が知っておくべき基礎知識と背景
建設業界における長時間労働の是正は喫緊の課題であり、2024年4月から時間外労働の上限規制が全面的に適用されました。ここでは、人事担当者が理解しておくべき36協定の法的定義と、なぜ今、建設業においてその重要性が高まっているのか、背景を含めて解説します。
36協定(サブロク協定)の概要
労働基準法では、法定労働時間を「1日8時間、週40時間」と定めています。これを超えて従業員に時間外労働(残業)や休日労働をさせる場合には、労働基準法第36条に基づく労使協定、通称36協定(サブロク協定)を締結し、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。
36協定は、法定労働時間を超えて働かせるための「免罰効果(違反しても罰せられない効力)」を持つ手続きです。したがって、この協定を締結・届出せずに残業をさせた場合、あるいは協定で定めた時間を超えて残業させた場合は、労働基準法違反となります。
- 36協定の役割と定義
- 法的役割
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働を可能にするための免罰手続き - 締結当事者
使用者と、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数代表者) - 効力の発生
所轄の労働基準監督署への届出をもって効力が発生する
- 法的役割
[出典:厚生労働省 36協定で定める時間外労働及び休日労働について]
建設業における「2024年問題」と36協定の関係
これまで建設業は、業務の性質上、天候による工期の変動や緊急対応が多いため、時間外労働の上限規制の適用が5年間猶予されていました。しかし、この猶予期間は2024年3月末で終了し、2024年4月1日以降は、建設業に対しても一般則とほぼ同様の罰則付き上限規制が適用されています。
いわゆる「建設業の2024年問題」とは、この規制適用に伴い、従来のような長時間労働を前提とした働き方が不可能になることで生じる、人手不足の深刻化や工期遅延などの諸問題を指します。人事部門にとっては、これまでの慣習を見直し、法適合した労務管理体制への移行が急務となっています。
人事が主導すべき「働き方改革」の重要性
建設業における36協定の適正な運用は、単に「法律を守るため」だけのものではありません。建設業界は、就業者の高齢化と若手入職者の減少という構造的な課題を抱えています。
長時間労働が常態化したままでは、人材の流出を招き、新たな採用も困難になります。人事担当者が主導して労働時間の適正化や生産性向上に取り組むことは、法的リスクの回避のみならず、企業の持続的な成長と人材確保(採用競争力の強化)を実現するために不可欠な経営課題です。
2024年4月適用!建設業の残業上限規制と人事が押さえるポイント
2024年4月から適用された上限規制には、原則的なルールと、繁忙期などに適用できる特別条項、そして建設業特有の例外措置が存在します。ここでは、実務において遵守すべき具体的な数字と要件について、複雑な規制内容を整理して解説します。
原則となる時間外労働の上限
36協定を締結した場合でも、時間外労働には限度が設けられています。これは原則として、月45時間・年360時間です。
- 月45時間
1日あたり約2時間の残業に相当 - 年360時間
月平均30時間の残業に相当
臨時的な特別な事情がない限り、この上限を超えて働かせることはできません。これは建設業を含むすべての業種における基本ルールとなります。
特別条項付き36協定の上限(建設業の特例)
通常予見できない業務量の増加など、「臨時的な特別の事情」がある場合に限り、特別条項付き36協定を締結することで、原則の上限を超えて労働させることが可能になります。建設業に適用される上限(限度時間)は以下の通りです。
- 特別条項適用時の上限(建設業)
- 年間の上限
時間外労働が年720時間以内 - 月間の上限
時間外労働+休日労働が月100時間未満 - 複数月の平均
2〜6ヶ月平均で時間外労働+休日労働が80時間以内 - 月45時間超過回数
原則(月45時間)を超えられるのは年6回まで
- 年間の上限
【建設業特有の例外】
災害時における復旧・復興の事業に関しては、その緊急性と公益性から、以下の規制については適用除外となります。
- 月100時間未満
- 2〜6ヶ月平均80時間以内
※ただし、これら以外の規制(年720時間以内、月45時間超過年6回まで)は適用されるため注意が必要です。
一般則と建設業の規制内容の比較
一般則と、2024年4月以降の建設業における規制内容の主な違いと共通点を以下の表に整理します。特に「復旧・復興事業」における特例が大きな違いとなります。
表:時間外労働の上限規制における一般則と建設業の比較
| 比較項目 | 一般則(全業種) | 建設業(2024年4月以降) |
|---|---|---|
| 原則の上限 | 月45時間・年360時間 | 月45時間・年360時間 |
| 年間の上限(特別条項) | 年720時間以内 | 年720時間以内 |
| 月間の上限(特別条項) | 月100時間未満(休日労働含む) | 月100時間未満(休日労働含む) ※復旧・復興事業は適用なし |
| 複数月平均(特別条項) | 2~6ヶ月平均80時間以内(休日労働含む) | 2~6ヶ月平均80時間以内(休日労働含む) ※復旧・復興事業は適用なし |
| 月45時間超過回数 | 年6回まで | 年6回まで |
| 適用除外・特例 | 原則なし | 災害時等の復旧・復興事業には一部規制の適用除外あり |
[出典:厚生労働省 建設業の時間外労働の上限規制]
建設業の36協定届出へ向けて人事が実行する運用ステップ
36協定は、書類を作成して終わりではなく、適切なプロセスを経て締結・届出・周知を行う必要があります。特に建設業では使用する様式が異なる場合があるため注意が必要です。ここでは、人事が実行すべき具体的な手順を4つのステップで解説します。
ステップ1:労働者代表の適正な選出
36協定を締結する相手方は、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)です。
過半数代表者の選出にあたっては、以下の要件を満たす必要があります。
- 1. 管理監督者ではないこと
労働基準法第41条第2号に規定する監督または管理の地位にある者(部長、工場長など)ではないこと。 - 2. 民主的な手続きで選出されていること
36協定を締結する者を選出することを明らかにした上で、投票、挙手等の方法で選出されていること。使用者の指名や、親睦会代表の自動就任などは無効です。
建設現場においては、現場単位ではなく、原則として支店や営業所などの事業場単位で代表者を選出します。
ステップ2:36協定届(様式第9号の4)の作成
建設業(工作物の建設の事業)において、時間外労働の上限規制に対応した協定届を作成する場合、様式第9号の4を使用することが一般的です。
※災害時の復旧・復興事業の適用除外を想定しない場合は、一般の様式(第9号の2など)を使用することもありますが、建設業の実態に合わせて様式第9号の4を用いるケースが多くなっています。

- 様式第9号の4の主な記載事項と注意点
- 事業の種類
「建設の事業」と明記する。 - 業務の種類
現場監督、設計、事務など具体的に記載。 - 所定労働時間
1日、1週の所定労働時間を記載。 - 延長することができる時間
限度時間(月45h/年360h)内と、それを超える特別条項の時間数を区別して記載。 - チェックボックス
過半数代表者の選出方法などにチェック漏れがないようにする。
- 事業の種類
ステップ3:労働基準監督署への届出と周知
作成し、労使双方で署名・捺印(または記名・押印)した36協定届は、所轄の労働基準監督署へ届け出ます。
- 届出方法
窓口への持参、郵送のほか、厚生労働省が推奨するe-Gov電子申請を利用するとスムーズです。 - 周知義務
届け出て終わりではなく、協定の内容を従業員に周知する義務があります。作業場の見やすい場所への掲示、書面交付、社内イントラネットへの掲載などを行いましょう。建設現場の詰め所などにも掲示が必要です。
ステップ4:労働時間の把握と健康管理体制の整備
協定届出後は、その内容を遵守するための管理体制が不可欠です。
- 客観的な労働時間管理
タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録などにより、労働時間を客観的に把握します。自己申告制による場合は、実態との乖離がないか定期的な調査が必要です。 - 健康確保措置
特別条項を適用して月80時間を超える残業を行わせた場合などは、医師による面接指導や、健康診断の実施などの健康確保措置を講じる必要があります。これらは36協定届の中にも記載欄があり、実施状況の記録・保存が求められます。
36協定違反のリスクとは?人事が防ぐべき罰則と企業の責任
上限規制への対応を怠ったり、協定の内容に違反したりした場合、企業は重大なリスクを負うことになります。ここでは、刑事罰、社会的制裁、民事上の責任という3つの観点から、そのリスクを解説します。
労働基準法違反による罰則規定
36協定を締結せずに残業させた場合や、上限規制(月45時間・年360時間、または特別条項の上限)を超えて働かせた場合、以下の刑事罰が科される可能性があります。
- 6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金
(労働基準法第119条)
これは、違反した実行行為者(現場の責任者など)だけでなく、法人としての企業(事業主)に対しても罰則が適用される「両罰規定」となっています。
企業名公表や指名停止などの社会的制裁
建設業において特に影響が大きいのが、社会的制裁です。
- 企業名の公表
労働基準関係法令違反の疑いで送検された場合、厚生労働省により企業名が公表されることがあります。 - 指名停止措置と経審の減点
国土交通省や地方自治体などの公共工事において、労働基準法違反等の法令違反があった企業に対し、一定期間の入札参加資格の停止(指名停止)措置が取られるリスクがあります。また、経営事項審査(経審)においても、法令遵守状況が評価対象となり、違反は減点要因となるため、経営に直結する重大なダメージとなります。
安全配慮義務違反と損害賠償リスク
長時間労働が原因で従業員が脳・心臓疾患や精神障害を発症した場合(過労死・過労自殺など)、企業は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。
36協定の上限を守っていたとしても、過重労働による健康被害が発生すれば、多額の損害賠償請求を受ける民事上のリスクは消えません。人事は「上限内なら安全」と判断せず、従業員の実際の健康状態に常に配慮する必要があります。
建設業の人事が抱く「上限規制」への懸念と解決策
現場の実態を知る人事担当者にとって、厳格な規制の適用は多くの不安を伴います。ここでは、よくある懸念点に対する具体的な解決の方向性を提示します。

現場の「人手不足」と「工期遵守」の板挟みへの対応
「人が足りないのに残業もできない」というジレンマに対し、人事は現場任せにせず、組織的な対策を講じる必要があります。
- ICT建機・DXの活用
i-Constructionの推進など、デジタル技術を活用して一人当たりの生産性を向上させる。 - 適正工期の設定
営業部門や発注者に対し、週休2日を前提とした適正な工期設定(工期ダンピングの防止)を働きかける。 - 多能工化の推進
一人の職人が複数の作業を行えるように育成し、繁閑の調整をしやすくする。
災害時・緊急時の対応ルール
台風や地震などの自然災害発生時、建設業は最前線で復旧にあたります。このような緊急時には、前述の通り「復旧・復興の事業」として月100時間未満・2〜6ヶ月平均80時間以内の規制が適用除外されます。
ただし、この場合でも割増賃金の支払いは必要であり、事後の届出等の手続きも発生します。平時から緊急時の労務管理フローをマニュアル化しておくことが重要です。
協力会社(下請け)の労務管理への関与
元請企業の人事は、自社の社員だけでなく、協力会社(下請け)のコンプライアンス状況にも目を向ける必要があります。
グリーンサイト(労務安全書類作成サービス)やCCUS(建設キャリアアップシステム)などを活用し、入場する作業員の社会保険加入状況や労働時間管理の状況を可視化することが有効です。協力会社の違反は、元請企業の管理責任や社会的信用にも影響するため、定期的なパトロールや勉強会の開催などで指導を行うことが求められます。
まとめ
本記事では、建設業における36協定の基礎から、2024年の法改正に伴う変更点、そして人事が取り組むべき具体的な実務フローについて解説しました。
建設業における36協定の運用は、単なる書類作成業務ではありません。法改正への適切な対応は、企業のコンプライアンスを守るだけでなく、従業員の健康確保や採用競争力の強化にも直結します。人事は現場と経営をつなぐハブとして、適正な労働時間管理の仕組み作りを主導していきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 建設業で「36協定」を締結しなかった場合どうなりますか?
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える残業や休日労働が一切できなくなります。締結せずに残業させた場合、労働基準法違反として6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金などの処罰対象となります。
Q2. 新様式(様式第9号の4)はどこで入手できますか?
厚生労働省のWebサイトからダウンロード可能です。また、労働基準監督署の窓口でも入手できますが、作成支援ツールやe-Gov電子申請の活用が推奨されています。
Q3. 現場監督や設計者など、職種によって上限規制に違いはありますか?
原則として職種による違いはなく、建設事業に従事するすべての労働者に適用されます。ただし、管理監督者(部長・工場長など、経営者と一体的な立場にある者)は労働時間規制の対象外となります(深夜労働の割増賃金は必要です)。





