「人事」の基本知識

建設業の採用から退職までを支える人事の実務とは?


更新日: 2025/12/04
建設業の採用から退職までを支える人事の実務とは?

この記事の要約

  • 建設業の2024年問題に対応する戦略的人事の重要性を解説
  • 採用・育成・労務・退職の実務フローを網羅的に整理
  • アナログ管理からの脱却とDXによる業務効率化を提案
目次
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建設業における人事の役割と重要性

建設業界は今、法改正と労働環境の変化という大きな波の中にあります。企業が存続するためには、従来のような事務処理中心の「管理部門」から、経営資源である「ヒト」を最大限に活かす「戦略部門」へと、人事の役割を再定義することが不可欠です。

建設業特有の課題と人事が求められる背景

建設業の人事が直面しているのは、単なる欠員補充では解決できない構造的な課題です。少子高齢化による技能労働者(職人)の不足就業者の高齢化が進行しており、技術継承が危ぶまれています。また、他産業と比較して長時間労働が常態化しやすい環境にあり、労働環境の改善が急務となっています。

人事が能動的に取り組むべき課題
  • 労働力不足の解消
    有効求人倍率が高い中での人材確保戦略の立案

  • コンプライアンス遵守
    働き方改革関連法への厳格な対応とリスク管理

  • 労働環境の是正
    週休2日制の定着や長時間労働の削減に向けた現場調整

経営戦略と連動した戦略的人事の必要性

従来の人事は、給与計算や社会保険手続きといった「守りの業務」が中心でした。しかし、これからの建設業人事には、経営目標を達成するための「攻めの人事」が求められます。

具体的には、受注計画に基づいた要員計画の策定や、生産性を向上させるための人員配置の最適化です。経営層と連携し、「どのようなスキルを持った人材が、いつまでに、何人必要か」を逆算し、採用・育成計画に落とし込むことが、企業の競争力を左右します。

【採用】建設業の人事が押さえるべき採用活動のポイント

採用活動は、建設業にとって最初にして最大の関門です。売り手市場が続く中、従来の手法だけでは応募者を確保することは困難です。ターゲットを明確にし、自社の魅力を適切に言語化して届けるマーケティング視点が必要となります。

建設会社の人事担当者がタブレットで求職者に説明している様子

ターゲット層の明確化と母集団形成の手法

「誰でもいいから来てほしい」という曖昧な採用基準は、ミスマッチや早期離職の原因となります。職種ごとにターゲットを細分化し、それぞれに適したアプローチを選択する必要があります。

職種別のターゲットと有効なアプローチ
  • 施工管理職
    即戦力を求めるなら人材紹介、若手育成なら求人サイトや新卒採用を活用

  • 技能職(職人)
    ハローワーク、リファラル(縁故)採用、協力会社からの転籍を検討

  • バックオフィス
    総合求人サイト、SNS経由の採用で幅広く募集

建設業で有効な採用チャネルの特徴を整理しました。

チャネル 特徴 建設業におけるメリット デメリット・注意点
求人サイト 多くの求職者に情報を届けられる 写真や動画で「現場の雰囲気」を伝えやすい 掲載コストがかかり、競合他社との差別化が難しい
リファラル採用 社員の紹介による採用 現場の人間関係や適性を把握しやすく、定着率が高い 紹介者との関係性に配慮が必要。人間関係が固定化する懸念
人材紹介 エージェントが候補者を推薦 施工管理技士などの有資格者や即戦力を確保しやすい 採用単価(紹介手数料)が高額になる傾向がある
SNS採用 InstagramやX等で発信 若年層への認知拡大。日常のリアルな姿を発信できる 運用に工数がかかる。炎上リスクへの対策が必要

建設業の魅力を伝える求人票の作成とミスマッチ防止

求職者が抱く「きつい・汚い・危険」のいわゆる3Kイメージを払拭し、新3K(給与・休暇・希望)への取り組みを具体的にアピールすることが重要です。

  • 給与の可視化
    月給だけでなく、残業代の支給形態やモデル年収を明記する

  • 休暇の実態
    年間休日数、有給休暇の取得率、現場終了後の長期休暇制度などを記載

  • 未経験者への配慮
    「見て覚えろ」ではなく、教育カリキュラムがあることを強調

良い面だけでなく「朝が早い」「夏は暑い」といった現場の厳しさも誠実に伝えることで、入社後のギャップ(リアリティ・ショック)を防ぐことができます。

【定着・育成】従業員のエンゲージメントを高める人事施策

採用した人材が定着し、戦力として育つ環境を整えることは、採用コストの削減と組織力の強化に直結します。特に若手社員にとって、成長の実感や心理的な安全性は、給与と同等以上に重要な要素となります。

早期離職を防ぐオンボーディングとメンター制度

入社直後は誰しも不安を抱えています。特に建設現場は専門用語が飛び交い、独特の雰囲気があるため、放置されると孤立感を深めてしまいます。組織として計画的な受け入れ体制を整えましょう。

  • オンボーディング計画の策定
    入社初日、1週間後、1ヶ月後の目標とスケジュールを明確にする

  • メンター制度の導入
    業務を指導する上司とは別に、年齢の近い先輩社員を相談役(メンター)として配置する

  • 定期的なフォロー面談
    本社の人事が現場を訪問し、悩みや不満を吸い上げる機会を作る

資格取得支援とキャリアパスの構築

建設業は資格がモノを言う世界です。資格取得を個人の努力任せにせず、会社が全面的にバックアップすることで、従業員のモチベーション向上と企業の技術力アップの両方を実現できます。
また、建設キャリアアップシステム(CCUS)への登録を推進し、技能者のキャリアを見える化することも有効です。

資格名 業務への影響 推奨される支援方法
施工管理技士
(1級・2級)
専任技術者や主任技術者になれるため、工事受注に直結する 受験料の全額負担
資格手当の支給
外部講習への参加費補助
建築士
(一級・二級)
設計・監理業務が可能となり、設計施工一貫体制を強化できる 資格取得祝い金の支給
製図試験対策のための休暇付与
技能講習・特別教育
(玉掛け、足場等)
現場作業を行うために必須となる資格・教育 勤務時間内での受講許可
講習費用の会社負担

2024年4月から建設業にも適用された「時間外労働の上限規制」は、人事にとって最も優先度の高い実務課題です。違反した場合、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されるだけでなく、公共工事の入札参加資格審査(経営事項審査)の評価にも悪影響を及ぼします。

時間外労働の上限規制と2024年問題への実務対応

原則として、時間外労働は「月45時間・年360時間」以内に収める必要があります。臨時的な特別の事情がある場合(特別条項付き36協定)でも、以下の基準を厳守しなければなりません。

時間外労働の上限基準(特別条項適用時)
  • 年間の時間外労働
    720時間以内

  • 単月の時間外労働
    100時間未満(休日労働含む)

  • 複数月の平均
    2ヶ月〜6ヶ月の平均で80時間以内(休日労働含む)

人事が取り組むべき具体的な実務アクションは以下の通りです。

  1. 36協定の適正な締結・届出
    事業場ごとに労働者の過半数代表者を選出し、書面による協定を締結して労働基準監督署へ届け出ます。建設業では現場ごとの締結ではなく、本社や支店ごとの締結が一般的です。

  2. 労働時間の客観的把握(ガイドライン遵守)
    厚生労働省のガイドラインに基づき、自己申告制ではなく、ICカード、生体認証、GPS打刻などの客観的な方法で労働時間を記録します。直行直帰が多い現場職においては、スマートフォンで打刻できる勤怠管理システムの導入が必須となります。

  3. 適正な工期設定への関与
    「著しく短い工期」での受注は、建設業法違反となる恐れがあります。人事は過去の労働時間データを提示し、営業・工事部門に対して無理のない工期設定を働きかける役割も担います。

[出典:厚生労働省「建設業における働き方改革」]

安全衛生管理と健康診断の実施徹底

建設業は労働災害のリスクが高いため、労働安全衛生法に基づく管理体制の構築が必須です。

  • 安全衛生教育
    雇い入れ時や、作業内容変更時の教育実施と記録(送り出し教育)。

  • 特殊健康診断
    有機溶剤、特定化学物質、石綿(アスベスト)、粉じん作業などに従事する作業員に対し、通常の定期健康診断(年1回)とは別に、6ヶ月に1回の特殊健康診断を実施させる義務があります。

  • ストレスチェック制度
    従業員50名以上の事業場では年1回の実施が義務化されています。現場監督などは高ストレスになりやすいため、集団分析結果を職場環境改善に活かすことが重要です。

【評価・処遇】公正な評価制度でモチベーションを支える人事

現場によって利益率や難易度が異なる建設業において、全社員が納得する評価制度を作ることは容易ではありません。しかし、評価の納得感は定着率に直結するため、透明性の高い制度設計が求められます。

現場と管理部門の評価基準の違いとバランス

現場監督(施工管理)や職人は「完工高」や「利益率」といった定量的な成果が見えやすい一方、営業やバックオフィスは成果が見えにくい傾向にあります。これらを統一の尺度で測るのではなく、職種ごとの役割期待を明確にすることが重要です。

  • 現場職の評価
    利益貢献だけでなく、安全管理、品質管理、若手育成への貢献度を評価項目に加える

  • 管理部門の評価
    業務効率化、コスト削減、現場支援の質などを目標管理制度(MBO)などで評価する

成果とプロセスを重視した賃金体系の見直し

年功序列型の賃金体系から、能力や役割に応じた賃金体系への移行が進んでいます。特に若手層の流出を防ぐためには、初任給の引き上げや、早期の昇給機会を設けることが効果的です。
スキルマップを作成し、「何ができるようになれば、いくら給料が上がるのか」を明確に示すことで、従業員は将来の目標を持ちやすくなります。

【退職】円満な退職手続きとアルムナイの活用など人事の対応

退職はネガティブな出来事と捉えられがちですが、適切な手続きと誠実な対応を行うことで、企業リスクを最小化し、将来的な協力関係(アルムナイ)を築くことができます。ここでは、トラブルを防ぐための具体的な退職実務フローを解説します。

退職に伴う社会保険・雇用保険の手続きと注意点

建設業では貸与品が多岐にわたるため、退職時の回収漏れがトラブルの元となります。以下のステップに沿って確実に手続きを進めてください。

  1. 退職届の受理とスケジュールの確定
    まず退職希望者から「退職届」を書面で受領します。口頭のみでは「言った・言わない」のトラブルになるため避けてください。退職希望日を確認し、有給休暇の消化や業務引き継ぎのスケジュールを決定します。

  2. 貸与品のリストアップと回収
    最終出社日までに、会社からの貸与品を回収します。建設業特有の回収物は以下の通りです。
    • 健康保険証
    • 社員証・社章
    • 制服・ヘルメット・安全帯
    • 会社支給の工具・計測機器
    • 社用携帯・タブレット・PC
    • 現場の鍵・入館証

  3. 離職票の発行と資格喪失届の提出
    退職日の翌日から10日以内に、ハローワークへ「雇用保険被保険者資格喪失届」と「離職証明書」を提出します。本人が失業給付を希望する場合、ハローワークから交付される「離職票-1」「離職票-2」を速やかに本人へ郵送します。

  4. 住民税の徴収方法の変更
    退職時期(1月〜5月か、6月〜12月か)によって、残りの住民税を一括徴収するか普通徴収に切り替えるかの手続きを行います。

再雇用制度とシニア層の活用

定年を迎えた熟練技術者は、企業にとって貴重な財産です。高年齢者雇用安定法に基づき、65歳までの雇用確保措置を講じるだけでなく、シニア層が無理なく働ける環境を整えることが、技術継承の観点からも重要です。
また、自己都合で退職した社員を「アルムナイ(卒業生)」としてネットワーク化し、繁忙期の応援要請や、再入社(出戻り)を歓迎する制度を整える企業も増えています。

建設業の人事が抱えやすい不安と解決の方向性

多くの建設業人事が、アナログな業務慣習や現場との距離感に悩んでいます。これらの不安を解消するには、業務プロセスの抜本的な見直し(DX)と、コミュニケーションの質的転換が必要です。

建設現場での現場監督と人事担当者の協力とコミュニケーション

アナログな業務フローからの脱却とDXの活用

紙の日報、電話での勤怠連絡、手書きの申請書などは、現場と管理部門双方の負担となります。HRテック(人事労務システム)を導入することで、これらの業務は劇的に効率化されます。

表:従来のアナログ管理とシステム管理の比較

業務 従来の手法(Excel・紙) システム導入後 メリット
勤怠管理 タイムカード打刻や手書き日報を集計 スマホアプリでGPS打刻・申請 集計ミスの撲滅、リアルタイムな労働時間把握
給与計算 勤怠データを手入力し、計算式で算出 勤怠データと自動連携し計算 計算業務の工数を約70%削減、法改正への自動対応
人事評価 紙のシートを配布・回収し、Excelへ転記 クラウド上で目標設定・評価入力 配布・回収の手間ゼロ、過去データの蓄積・分析が容易

現場とのコミュニケーション不足の解消

「本社の人事は現場の大変さを知らない」という現場の不満は、人事担当者が現場に足を運ばないことから生まれます。

  • 現場パトロールへの同行
    安全パトロールに人事が同行し、現場の環境を目で見て確認する

  • 安全大会や行事への参加
    現場スタッフが一堂に会する場に参加し、顔と名前を一致させる

  • Web会議ツールの活用
    遠隔地の現場ともZoomやTeamsなどで定期的に顔を合わせた面談を行う

物理的・心理的な距離を縮める努力が、信頼関係の構築に繋がります。

まとめ

建設業における人事実務は、採用から退職まで多岐にわたりますが、その全てにおいて「人が定着し、育つ環境を作ること」が共通の目的です。

2024年問題をはじめとする法規制への対応(コンプライアンス)と、従業員のエンゲージメントを高める施策(モチベーション管理)の両輪を回すことが、人手不足の時代において建設企業が成長し続けるための鍵となります。アナログ業務をDXで効率化し、生まれた時間を現場との対話や戦略策定に充てることから始めましょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. 建設業の人事で最も優先すべき課題は何ですか?

最優先は「労働環境の整備」と「採用力の強化」です。特に2024年問題への法的な対応(時間外労働の上限規制遵守)は急務であり、これが守られていないと採用活動そのものが困難になります。

Q2. 現場の職人とどのようにコミュニケーションを取ればよいですか?

メールや電話だけでなく、定期的な「現場訪問」が最も効果的です。安全大会や朝礼などの行事に参加し、顔を合わせる機会を増やすことで、人事への相談がしやすい信頼関係を築くことができます。

Q3. 人事評価制度を見直すタイミングはいつですか?

組織規模が拡大した時(例:従業員数が30名、50名を超えた時)、離職率が高止まりしている時、または労働基準法などの大きな法改正があったタイミングが、制度見直しの好機です。

[出典:国土交通省「建設産業の現状と課題」]
[出典:一般財団法人建設業振興基金「建設キャリアアップシステム(CCUS)」]

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