建設業の人事制度とは?他業界との違いを比較解説

この記事の要約
- 建設業特有の人事課題(属人評価・現場格差)を解説
- 他業界(IT・製造業)と人事制度を徹底比較
- これからの建設業に求められる人事制度設計4ステップ
- 目次
- 建設業の人事制度とは?基本的な考え方
- そもそも人事制度の3つの柱とは
- 建設業における人事評価の重要性
- 建設業の人事制度が抱える3つの特有課題
- 課題1:属人的な評価(どんぶり勘定)になりやすい
- 課題2:現場と本社の評価ギャップ
- 課題3:担い手不足と高齢化が「人事」に与える影響
- 【比較】他業界と建設業の人事制度の違い
- 評価基準、賃金体系、人材育成の違い
- 建設業でこれからの「人事」に求められる制度設計4ステップ
- STEP 1:明確な評価基準(等級制度)の策定
- STEP 2:納得感を高める報酬制度の見直し
- STEP 3:多様なキャリアパスと人材育成の仕組み
- STEP 4:DXによる人事評価の効率化と公平性の担保
- まとめ:建設業の特性に合わせた人事制度の見直しを
- 建設業の人事に関するよくある質問
- Q. 中小の建設会社でも人事制度は必要ですか?
- Q. 建設業で評価制度を導入する際の注意点は?
建設業の人事制度とは?基本的な考え方
建設業の持続的成長には、人材の確保と育成が不可欠であり、その根幹をなすのが「人事制度」です。本章では、まず人事制度の基本的な枠組みと、それが建設業においてなぜ重要視されるのかを解説します。業界特有の課題を理解する前に、全ての企業に共通する人事制度の3つの柱を整理します。
そもそも人事制度の3つの柱とは
人事制度は、企業が従業員を適切に処遇し、組織を活性化させるための仕組みであり、主に以下の3つの要素で構成されています。これらは個別に機能するのではなく、相互に連携して「人を活かす」仕組みを構築します。
- 人事制度を構成する3つの柱
・等級制度:社員の能力、職務、役割に応じた「序列」や「格付け」を定める仕組みです。これがキャリアパスの土台となります。
・評価制度:等級制度に基づき、社員の業績、能力、勤務態度などを一定の基準で評価する仕組みです。昇進や報酬決定の根拠となります。
・報酬制度:評価制度の結果に基づき、給与(基本給、手当)、賞与、退職金などの「報酬」を決定する仕組みです。
建設業における人事評価の重要性
特に建設業において、公平かつ透明性の高い人事評価が重要視される背景には、深刻な「担い手不足」と「技術承継」の問題があります。
適切な人事評価制度は、従業員のモチベーション向上に直結します。自身の働きや習得した技術が正当に評価され、報酬や等級に反映されることで、仕事への意欲が高まります。これは結果として、若手従業員の早期離職を防ぎ、人材の定着を促進します。
また、建設業の強みである高度な施工技術は、ベテランから若手へと確実に承継される必要があります。評価制度の中に「技術指導」や「資格取得支援」といった育成に関する項目を組み込むことで、組織全体として技術承継を後押しする文化を醸成できます。公平な評価は、生産性の向上にも寄与します。
建設業の人事制度が抱える3つの特有課題
建設業は、プロジェクト単位で現場が点在し、労働集約的な側面が強いという特性を持ちます。こうした特性が、他業界には見られない独自の人事課題(「属人評価」「現場格差」「人材不足」)を生み出す要因となっています。
課題1:属人的な評価(どんぶり勘定)になりやすい
建設業の評価は、現場の所長や上司の裁量に大きく依存する傾向があります。現場ごとに状況が異なり、本社から統一された明確な評価基準を適用しづらいためです。
その結果、評価が上司の主観や印象に左右される「属人的な評価(どんぶり勘定)」に陥りがちです。これは従業員の不公平感を生むだけでなく、客観的な能力開発の妨げにもなります。
課題2:現場と本社の評価ギャップ
建設業では、実際に施工を行う「現場」と、営業、設計、積算、管理部門などの「本社(内勤)」との間で、業務内容が大きく異なります。
本社側が現場の過酷さや技術的な難易度を正確に把握できない、あるいは現場側が内勤業務の重要性を理解しにくいといった理由から、双方の評価の目線が合いにくい問題(評価ギャップ)が発生します。このギャップが、部門間の対立や連携不足につながるケースも少なくありません。

課題3:担い手不足と高齢化が「人事」に与える影響
建設業は、他産業と比較しても担い手不足と高齢化が深刻な課題です。国土交通省が発表した「建設産業の現状と課題(令和6年版)」(※1)によれば、建設技能者(就業者)のうち55歳以上が約36%を占める一方で、29歳以下は約12%に留まっており、全産業平均(55歳以上約30%、29歳以下約16%)と比較しても高齢化と若年層の不足が顕著です。
このような状況下で、従来の「年功序列型」の人事制度を維持することは困難になっています。若手従業員は、年齢ではなく能力や成果で評価されることを望む傾向が強く、旧態依然とした人事制度は入職後のミスマッチや離職の原因となります。ベテラン層の豊富な経験を評価しつつ、若手が希望を持てる制度への見直しが急務です。
[出典:国土交通省「建設産業の現状と課題(令和6年版)」(P.4「建設技能者の年齢構成」)]
【比較】他業界と建設業の人事制度の違い
建設業の人事制度が持つ課題をより深く理解するため、他業界、特に「IT業界」や「製造業」の制度と比較検討します。業界の特性が異なれば、重視される評価基準や人材育成の手法も大きく異なります。この比較から、建設業が今後取り入れるべき人事制度のヒントを探ります。
評価基準、賃金体系、人材育成の違い
ここでは「建設業(従来型)」「IT業界(成果主義型)」「製造業(プロセス重視型)」の3者を、人事制度の主要な観点から比較整理します。
(表)業界別の人事制度比較
| 比較項目 | 建設業(従来型) | IT業界(成果主義型) | 製造業(プロセス重視型) |
|---|---|---|---|
| 評価基準 | 経験年数、現場での安全管理、上司との関係性(年功序列・主観が混在) | プロジェクトの成果、技術力(スキル)、目標達成度(成果主義) | 業務プロセスの改善、品質管理(QC)、コスト意識(職務・役割重視) |
| 賃金体系 | 基本給+各種手当(現場手当、資格手当など)。年功による昇給が中心。 | 年俸制やストックオプション。成果による変動幅が大きい。 | 職務等級に応じた給与テーブル。安定的な昇給と役割給の組み合わせ。 |
| 人材育成 | OJT(現場での実務教育)が中心。先輩の背中を見て学ぶ文化。 | 体系的な技術研修、eラーニング、キャリアアップ支援が充実。 | 階層別研修、品質管理(QC)教育など、マニュアル化された研修制度。 |
この比較表からわかるように、建設業は「経験」や「現場対応力」が重視されがちですが、IT業界は「成果(アウトプット)」、製造業は「プロセス(標準化)」を重視する傾向があります。
建設業のOJT中心の育成は、実践的な技術を学ぶ上で有効ですが、指導者による質のバラつきが出やすい側面も持ちます。一方で、他業界では体系化・マニュアル化された研修制度が整備されており、効率的な人材育成が進められています。
建設業でこれからの「人事」に求められる制度設計4ステップ
従来の課題と他業界との比較を踏まえ、建設業が今後、深刻化する人材不足に対応し、競争力を維持・向上させるためには、人事制度の抜本的な見直しが不可欠です。ここでは、これからの建設業に求められる制度設計のポイントを4つのステップで解説します。
STEP 1:明確な評価基準(等級制度)の策定
- 目的
「何をすれば評価され、昇進・昇給するのか」という基準を明確にし、従業員の不公平感をなくします。
STEP 2:納得感を高める報酬制度の見直し
- 目的
従業員のモチベーションを高め、正当な努力が報われる賃金体系を構築します。
STEP 3:多様なキャリアパスと人材育成の仕組み
- 目的
若手が入職・定着しやすく、多様な人材が活躍できる環境を整備します。

STEP 4:DXによる人事評価の効率化と公平性の担保
- 目的
評価のバラつきを抑え、人事部門および管理者の業務負担を軽減します。
まとめ:建設業の特性に合わせた人事制度の見直しを
この記事では、建設業の人事制度の基本的な考え方から、業界特有の課題、他業界との比較、そして未来に向けた制度設計のポイントまでを網羅的に解説しました。
建設業は、プロジェクトごとに「現場」という特殊な環境で業務が進行する特性を持ちます。しかし、旧来の年功序列や「どんぶり勘定」といった属人的な評価に依存したままの人事制度では、深刻化する担い手不足や技術承継の問題に対応できません。
重要なのは、自社の実態と経営方針に合わせ、以下の3つの視点で制度を見直すことです。従業員一人ひとりが公正に評価され、成長を実感できる人事制度を構築することこそが、企業の持続的な成長を実現する鍵となります。
- これからの建設業の人事制度3つの視点
・評価基準の明確化
・納得感のある報酬
・体系的な人材育成
建設業の人事に関するよくある質問
Q. 中小の建設会社でも人事制度は必要ですか?
A. 必要です。大手企業のような複雑で大規模な制度を導入する必要はありませんが、従業員のモチベーション維持や人材定着のためには、最低限の「評価のルール」と「給与のルール」を明文化することが重要です。例えば、「1級施工管理技士を取得したら資格手当を支給する」「無事故で工期通りに現場を終えたら賞与で評価する」といったシンプルな等級・評価制度から始めることをお勧めします。
Q. 建設業で評価制度を導入する際の注意点は?
A. 最大の注意点は、「現場の実態」を無視した制度設計をしないことです。例えば、本社(管理部門)の目線だけで作成した評価シートが、現場の業務内容とかけ離れていると、評価のためだけの作業となり形骸化してしまいます。導入前には必ず現場の技術者や管理者のヒアリングを十分に行い、「安全」「品質」「工期」「原価」といった現場の成果や、そこに至るプロセスが正しく評価される項目を盛り込むことが重要です。




