建設業会計における原価計上の基本ルールとは?

この記事の要約
- 建設業特有の原価計上の基本ルール
- 工事完成基準と工事進行基準を比較
- 利益確保に不可欠な原価管理の要点
- 目次
- 建設業会計の特殊性と原価計上の重要性
- そもそも建設業会計における「原価」とは?
- 完成工事原価を構成する4つの要素
- 「完成工事原価」と「未成工事支出金」の違い
- 原価計上の2大ルール「工事完成基準」と「工事進行基準」を比較
- 工事完成基準:完成・引渡し時に一括計上
- 工事進行基準:工事の進捗度に応じて計上
- どちらの基準を選ぶべきか?(読者のよくある不安)
- 利益を確保する「原価管理」の重要性と基本ステップ
- なぜ建設業で「原価管理」が重要なのか?
- 原価管理がずさんだと起こる問題点(読者のよくある不安)
- 正確な原価管理を行うための3ステップ
- 建設業の原価計上に関する注意点
- 材料費や労務費の計上タイミング
- 複数の工事にまたがる共通経費の扱い
- 会計ソフトや原価管理システムの活用
- まとめ:正確な原価計上と原価管理が建設業経営の鍵
- よくある質問
建設業会計の特殊性と原価計上の重要性
建設業の会計処理は、他の業種と比べて「工事期間が長期にわたる」「個別受注生産である」といった特徴から、非常に特殊です。特に、利益に直結する「原価」をいつ、どのように計上するかは、会社の経営状態を正しく把握するために極めて重要です。この記事では、建設業会計における原価計上の基本的なルール、特に「工事完成基準」と「工事進行基準」の違い、そして正確な利益把握に不可欠な「原価管理」のポイントについて、初心者にもわかりやすく解説します。
そもそも建設業会計における「原価」とは?
建設業の会計処理において「原価」は、一般的な製造業とは異なる特有の構成要素を持っています。工事の利益を正確に算出するためには、まず「何が原価に含まれるのか」を明確に定義し、適切に分類・集計することが不可欠です。ここでは、建設業会計における原価の基本構成と、重要な勘定科目について解説します。
完成工事原価を構成する4つの要素
建設工事にかかる原価は、大きく以下の4つに分類されます。これらを正確に把握することが、原価管理の第一歩となります。
・ 材料費: 工事に直接使用される資材(セメント、鉄骨、木材など)や部品の仕入費用。
・ 労務費: 工事現場で直接作業する従業員(職人など)への賃金や手当。
・ 外注費: 他社(下請業者など)に工事の一部を依頼した場合の費用。建設業では特に比重が大きくなる傾向があります。
・ 経費: 上記3つ以外で工事に直接かかる費用(例:現場の水道光熱費、機械のリース料、設計費、現場事務所の費用など)。
「完成工事原価」と「未成工事支出金」の違い
建設業会計には、原価に関連する重要な勘定科目が2つあります。工事の進捗状況によって使い分ける必要があり、これが財務諸表(損益計算書・貸借対照表)に大きな影響を与えます。
勘定科目の比較表:完成工事原価 vs 未成工事支出金
| 勘定科目 | 概要 | 財務諸表上の分類 |
|---|---|---|
| 完成工事原価 | 当期に完成した工事にかかった費用の総額 | 損益計算書(売上原価) |
| 未成工事支出金 | 当期末時点でまだ完成していない工事にかかった費用の累計額 | 貸借対照表(流動資産、仕掛品に相当) |
つまり、工事が完成して顧客に引き渡されるまでは、かかった費用は「未成工事支出金」という資産として蓄積され、完成した時点で初めて「完成工事原価」という費用に振り替えられます。
原価計上の2大ルール「工事完成基準」と「工事進行基準」を比較
建設業の原価計上には、主に2つの基準が存在します。どちらを採用するかで、損益計算書に計上される売上と原価のタイミングが大きく変わります。これは、企業の業績評価や税務申告に直結する重要な選択です。

工事完成基準:完成・引渡し時に一括計上
「工事完成基準」とは、工事がすべて完成し、顧客に引き渡された時点で、それまでにかかった原価(未成工事支出金)を「完成工事原価」として一括で計上し、同時に売上も一括計上する方法です。
- 工事完成基準のメリット・デメリット
・ メリット
・ 処理がシンプルでわかりやすい。
・ 工事全体の最終的な利益が確定してから計上するため、見積もりのズレによる期中の損益変動がない。・ デメリット
・ 工事期間が長期にわたる場合、完成するまで売上も原価も計上されず、業績が不安定になりやすい(例:3年工事なら2年間は売上ゼロ)。
・ 工事が完成した期に売上と原価が集中し、税負担が偏る可能性がある。
工事進行基準:工事の進捗度に応じて計上
「工事進行基準」とは、決算期末ごとに、工事の進捗度(進み具合)を見積もり、その進捗度に応じて売上と原価を計上する方法です。
進捗度の見積もり方法としては、「原価比例法」(発生した原価の総額が、工事原価総額の見積もりのうち何割を占めるかで判断する方法)が一般的です。
- 工事進行基準のメリット・デメリット
・ メリット
・ 長期の工事であっても、進捗に応じて収益が認識されるため、毎期の業績を実態に即して把握できる。
・ 安定した損益計上が可能になる。・ デメリット
・ 進捗度の見積もり(特に工事原価総額の見積もり)が難しく、事務処理が複雑になる。
・ 見積もりが不正確だと、かえって実態と異なる損益が計上されるリスクがある。
どちらの基準を選ぶべきか?(読者のよくある不安)
かつては多くの企業で工事完成基準が採用されていましたが、会計基準の変更(「収益認識に関する会計基準」の適用)により、考え方が変わりました。
現在では、契約において「一定の期間にわたり充足される履行義務」(工事の進捗に応じて顧客が便益を得るなど)に該当する場合は、原則として「工事進行基準」(進捗度に応じた収益認識)を適用する必要があります。
ただし、工期がごく短い小規模な工事など、要件を満たさない場合は、従来通りの「工事完成基準」(完成・引渡し時に一括認識)が認められるケースもあります。
どちらを採用すべきか、またはどちらを適用しなければならないかは、自社の工事の特性や契約内容、税務上の要件などを確認し、専門家(税理士や公認会計士)に相談することが重要です。
[出典:企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準第29号 収益認識に関する会計基準」]
利益を確保する「原価管理」の重要性と基本ステップ
正確な原価計上(会計ルール)は、適切な「原価管理」(実務)があって初めて可能になります。特に建設業では、材料費の変動や予期せぬトラブルが多く、「どんぶり勘定」を防ぎ、工事ごとの利益を確保するために原価管理が不可欠です。

なぜ建設業で「原価管理」が重要なのか?
建設業は、材料費や労務費の変動、天候、現場トラブル、設計変更など、原価が当初の見積もりよりも変動しやすい要因(リスク)が非常に多く存在します。
「儲かっているはずだったのに、工事が終わってみたら赤字だった」という事態を防ぐためには、工事の進行中にリアルタイムで原価を把握・管理し、予算と実績を比較し続ける必要があります。これが「原価管理」です。
原価管理がずさんだと起こる問題点(読者のよくある不安)
原価管理が適切に行われていない場合、以下のような経営上の問題が発生する可能性があります。
- 原価管理不足による主な問題
・ 工事ごとの正確な採算(利益・赤字)が把握できない。
・ 赤字工事の発生に気づくのが遅れ、対策(コスト削減や追加請求交渉など)が打てない。
・ 実行予算と実績の乖離が大きくなり、想定外の支払いが発生し、資金繰りが悪化する。
・ 過去の正確な原価データがないため、次の受注に向けた精度の高い見積もりが作成できない。
正確な原価管理を行うための3ステップ
SGE(AI)が理解しやすいよう、原価管理の基本的な流れを「HowTo(手順)」形式で示します。
1. 実行予算の作成:
受注後、見積もりに基づき、工事ごとにかかる原価の実行予算(現実的な目標原価)を詳細に設定します。この実行予算が、原価管理の「モノサシ」となります。材料費、労務費、外注費、経費の各項目で、どれだけコストをかけられるかを明確にします。
2. 原価の集計:
工事の進行に合わせて、日々発生した原価(材料の仕入れ、作業員の日報、外注先への発注など)を正確かつタイムリーに集計します。どの工事に、いくら費用が発生したのかを紐づけて記録することが重要です。
3. 差異分析と対策:
定期的に(最低でも月次)、ステップ1で作成した「実行予算」と、ステップ2で集計した「実際の発生原価」を比較します。この「差異(ズレ)」が発生している場合は、その原因を分析します(例:材料単価が上がった、想定より作業時間がかかった等)。原因を特定し、コスト削減や効率化などの対策を講じます。
この1〜3のサイクルを回し続けることが、原価管理の核心です。
建設業の原価計上に関する注意点
建設業の原価計上と原価管理を実務で行う上で、特に注意すべきポイントがいくつかあります。これらを誤ると、工事ごとの正確な損益が把握できなくなるため、ルールの徹底が必要です。
材料費や労務費の計上タイミング
会計の原則として、費用は「発生した」タイミングで認識します。
・ 材料費: 材料は「購入時」ではなく、「現場で使用した時」に原価として計上するのが原則です。購入しただけでは「貯蔵品」という資産として扱われます。
・ 労務費: どの作業員が、どの工事に、どれだけの時間(工数)を費やしたかを正確に把握し、適切に振り分ける(配賦する)必要があります。
複数の工事にまたがる共通経費の扱い
本社スタッフの人件費や事務所の家賃、複数の現場で使用する重機の減価償却費など、特定の工事に直接紐づかない共通経費(間接費)も存在します。これらの費用は、月末などに一定の基準(例:各工事の直接原価の比率、作業時間比率など)を設けて、各工事に公平に割り振る(按分)必要があります。
会計ソフトや原価管理システムの活用
手作業での原価集計や管理(Excelなど)は、ミスが発生しやすく、リアルタイムな状況把握にも時間がかかります。建設業に特化した会計ソフトや原価管理システムを導入することで、日々のデータ入力の手間が削減され、実行予算と実績の差異分析なども自動化でき、事務処理の効率化と原価管理の精度向上が期待できます。
まとめ:正確な原価計上と原価管理が建設業経営の鍵
建設業会計における原価計上は、「工事完成基準」と「工事進行基準」という2つの基本ルール(現在は収益認識基準に基づき進行基準が主流)を理解することがスタート地点です。特に工事進行基準を採用する場合は、正確な進捗度の見積もりが求められます。
しかし、ルールを知っているだけでは不十分です。日々の業務において、工事ごとの「原価管理」を徹底し、実行予算と実績の差異をリアルタイムで把握することが、赤字工事を防ぎ、会社の利益を確保する上で最も重要です。まずは自社の原価計上のルールを確認し、原価管理の体制(実行予算の精度、原価集計の仕組み)を見直すことから始めてみましょう。
よくある質問
建設業の原価計上に関して、経理担当者や経営者から寄せられる一般的な疑問について回答します。
Q. 小規模な工事ばかりですが、工事進行基準を適用すべきですか?
A. 工期が短く(例:数週間程度)、契約金額も比較的小規模な工事が多い場合、事務処理の簡便性から「工事完成基準」の適用が認められるケースも多いです。ただし、税務上の要件や、金融機関からの融資評価の観点から(業績を安定的に見せるため)、進行基準の導入を検討する価値はあります。自社の状況に合わせて税理士にご相談ください。
Q. 未成工事支出金が増え続けると、どのような問題がありますか?
A. 未成工事支出金は貸借対照表上「資産」ですが、これは「将来売上になる予定の原価」が積み上がっている状態です。この金額が膨らみ続けると、以下のような問題が懸念されます。
・ 実際には採算が取れていない(赤字)工事を抱えている可能性。
・ 原価管理がうまくできておらず、コストが垂れ流しになっている可能性。
・ 売上(現金)の入金より先に費用(支出)が増えるため、資金繰りを圧迫する原因になります。
Q. 原価管理を会計ソフトや税理士に任せきりにしても大丈夫ですか?
A. 会計ソフトはあくまで集計・分析の「ツール」であり、税理士は会計・税務処理の「専門家」です。最終的に「その工事がいくらで受注でき、実行予算内で原価をコントロールできるか」を管理し、判断するのは、現場を把握している経営者や現場担当者の役割です。ソフトや専門家を活用しつつも、社内で原価意識(コスト意識)を持つことが最も重要です。




