建設現場の原価管理に使える帳票とは?活用方法を解説

この記事の要約
- 建設業の利益確保には実行予算書や工事台帳など帳票活用が必須
- エクセルと専用システムの比較で自社に最適な管理手法を選定
- 着工前から竣工後までの管理フロー確立がどんぶり勘定脱却の鍵
- 目次
- 建設現場における原価管理の重要性と目的
- 原価管理とは?建設業特有の難しさ
- 帳票による可視化が必要な理由
- 原価管理に不可欠な主な帳票一覧と役割
- 実行予算書(工事予算書)
- 工事台帳
- 作業日報・出面帳(労務費管理)
- 注文書・請求書・納品書(外注費・材料費管理)
- 原価管理を成功させる帳票の活用フロー
- 【着工前】実行予算書での目標設定
- 【施工中】日報と工事台帳による予実管理
- 【竣工後】最終原価の確定と次回へのフィードバック
- 原価管理の方法比較:エクセル管理とシステム導入
- エクセル(Excel)での管理が向いているケース
- 原価管理システムでの管理が向いているケース
- 現場の原価管理でよくある課題と解決策
- 現場監督の事務作業負担が大きすぎる
- タイムラグにより赤字対策が遅れる
- 帳票ごとの数字が合わない
- まとめ
- よくある質問
- Q1. 小規模な工務店でも原価管理システムは必要ですか?
- Q2. 原価管理を行う上で一番重要な帳票はどれですか?
- Q3. 現場の職人が日報を書いてくれない場合はどうすればいいですか?
建設現場における原価管理の重要性と目的
建設業界において、適正な利益を確保し続けるためには、精度の高い原価管理が欠かせません。長期間に及ぶ工期や複雑な下請け構造、天候による工程変動など、建設現場にはコストを変動させる要因が無数に存在します。国土交通省が推進する建設産業の生産性向上施策においても、適切な施工管理と原価管理の連携が重要視されています。本セクションでは、建設業特有の原価管理の難しさを紐解きつつ、帳票を用いて数値を可視化することの根本的な意義について解説します。
原価管理とは?建設業特有の難しさ
建設業における原価管理とは、工事の完成にかかる費用(原価)を計算し、予算内に収めるようにコントロールすることで、予定した利益を確保する活動を指します。一般的に、建設業の原価は以下の4つの要素で構成されます。
- 建設工事原価の4要素
- 材料費
工事に使用する資材や物品の購入にかかる費用 - 労務費
現場で働く職人や作業員に対して支払う賃金 - 外注費
専門工事会社や下請け業者へ工事を委託する費用 - 経費
現場経費(動力用水光熱費、機械損料など)および一般管理費
- 材料費
製造業などの他産業と比較して、建設業の原価管理が難しいとされる主な理由は以下の通りです。
- 一品生産であること
現場ごとに仕様や条件が異なり、標準原価の設定が困難であるため。 - 工期が長期に及ぶこと
数ヶ月から数年に及ぶ場合があり、資材価格の変動リスクが高いため。 - 外注比率が高いこと
自社だけでコストをコントロールしきれない部分が大きいため。
このように変動要素が多いからこそ、曖昧な管理ではなく、明確な定義に基づいた数値管理が求められます。
[出典:国土交通省「建設工事の適正な施工を確保するための技術者制度運用ガイドライン」]
帳票による可視化が必要な理由
多くの建設現場で課題となるのが、いわゆる「どんぶり勘定」からの脱却です。熟練の現場監督の「記憶」や「感覚」に頼った管理では、以下のリスクが避けられません。
- 工事が終わるまで最終的な利益が確定しない
- 追加工事の費用請求漏れが発生する
- 資材の過剰発注や無駄遣いに気づけない
帳票を用いて原価に関するあらゆる数字を「見える化(可視化)」することは、経営の健全化に直結します。日々発生する費用を帳票に記録し、リアルタイムで予算と比較することで、赤字の兆候を早期に発見できます。問題が小さいうちに対策を打つことができれば、損失を最小限に抑え、利益を最大化することが可能になります。

原価管理に不可欠な主な帳票一覧と役割
正確な原価管理を行うためには、目的に応じた適切な帳票を作成・運用する必要があります。すべての情報を一つの帳票で管理しようとすると複雑になりすぎるため、役割ごとに帳票を使い分けるのが一般的です。ここでは、建設現場の利益管理において特に重要となる4つの主要帳票(実行予算書、工事台帳、作業日報、注文書等)について、その役割と運用ポイントを解説します。
実行予算書(工事予算書)
実行予算書は、工事を受注した後、着工前に必ず作成すべき最重要帳票です。見積金額に基づき、「この工事をいくらの原価で完成させ、最終的にいくらの利益を出すか」という目標値を設定します。
実行予算書がない状態での工事着手は、地図を持たずに航海に出るようなものです。材料費、労務費、外注費、経費の各項目について、具体的な数量と単価を積み上げて作成します。ここで設定した目標予算(実行予算)が、その後の原価管理における「基準(物差し)」となります。
工事台帳
工事台帳は、工事ごとに発生したすべての収入(完成工事高)と支出(工事原価)を記録する台帳です。お金の動きをリアルタイムで把握するための中心的なツールであり、原価管理の心臓部と言えます。
工事台帳には、材料の仕入れ、外注への支払い、労務費の発生などが日付順、あるいは費目別に記録されます。この台帳を確認すれば、「現時点で予算に対してどれくらい費用を使っているか」が一目でわかります。税務署への申告や経営分析の基礎データとしても利用されるため、正確な記帳が求められます。
作業日報・出面帳(労務費管理)
作業日報および出面帳(でづらちょう)は、現場における日々の作業内容と、誰が何時間働いたか(人工:にんく)を記録する帳票です。建設業において大きなウェイトを占める「労務費」を管理するために不可欠です。
- 作業日報
その日の作業進捗、天候、特記事項などを記録し、工程管理に役立てます。 - 出面帳
作業員ごとの出勤状況を集計し、給与計算や協力会社への請求確認、労務費の原価配分に使用します。
これらを正確に記録することで、予定よりも人工がかかりすぎている工程を早期に特定し、人員配置の見直しなどの対策につなげることができます。
注文書・請求書・納品書(外注費・材料費管理)
外部業者との取引を記録・証明するための帳票群です。これらは「外注費」と「材料費」の管理において、発注金額と実際の請求金額にズレがないかを確認するために重要です。
- 注文書(発注書)
業者に対して正式に発注を行った証拠。金額、工期、支払い条件を明記します。 - 納品書
注文した材料やサービスが確かに納入されたことを確認する書類。 - 請求書
業者からの支払い請求。注文書・納品書と照らし合わせ(突合)、内容が正しければ支払処理を行います。
口頭での発注は「言った言わない」のトラブルの元凶となるため、必ず書面を残すことが鉄則です。
| 帳票名 | 主な用途 | 作成・更新タイミング | 管理のポイント |
|---|---|---|---|
| 実行予算書 | 目標原価と利益の設定 | 受注後、着工前 | 漏れなく現実的な数値を設定し、現場責任者と共有する |
| 工事台帳 | 工事ごとの収支管理 | 発生ベースで随時 | 請求書未着分(未払金)も含めて計上し、実態を把握する |
| 作業日報 | 労務費・進捗の把握 | 毎日 | 現場代理人の負担を減らすため、スマホ入力などを活用する |
| 注文書 | 発注内容・金額の確定 | 発注時 | 口頭発注を避け、必ず書面を残して金額を確定させる |
[表:主な帳票の役割と管理ポイント一覧]
原価管理を成功させる帳票の活用フロー
帳票は単に作成するだけでなく、工事の進捗に合わせて適切なタイミングで活用することで初めて効果を発揮します。原価管理は「Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Action(改善)」のPDCAサイクルを回すことが基本です。ここでは、着工前から竣工後までの時系列に沿って、帳票を活用した具体的な管理フローを解説します。
【着工前】実行予算書での目標設定
工事が始まる前の段階で、原価管理の成否の8割が決まると言っても過言ではありません。このフェーズでは実行予算書の精度が全てです。
- 1.積算見積の精査
受注時の見積書を見直し、実際の施工に必要な原価を洗い出します。 - 2.実行予算の作成
業者からの見積もりを取り直し、実際の仕入れ値(原価)を確定させます。過去の類似案件のデータを参照し、リスクを見込んだ予備費も考慮します。 - 3.目標利益の決定
売上金額から予想される原価を引き、目標とする利益額を明確にします。この目標を現場監督と経営層で合意形成します。
【施工中】日報と工事台帳による予実管理
工事が始まったら、計画(実行予算)通りに進んでいるかを常に監視する「予実管理(予算対実績管理)」を行います。
- 1.実績データの収集
作業日報から労務費を、納品書や請求書から材料費・外注費を拾い出し、工事台帳へ入力します。 - 2.予実差異の確認
月次、あるいは工程の区切りごとに、実行予算(予定)と工事台帳(実績)を比較します。 - 3.対策の実行
「基礎工事でコンクリート量が予算を上回った」「雨天続きで人工(労務費)がかさんでいる」といった差異(赤字要因)が見つかった場合、直ちに残りの工程でコスト削減ができないか、あるいは追加工事として施主に請求できないかを検討し、実行に移します。
【竣工後】最終原価の確定と次回へのフィードバック
工事が完了したら、最終的な収支を確定させ、次回の工事へ活かすための振り返りを行います。
- 1.最終原価の集計
全ての請求書の処理を終え、最終的な工事原価を確定させます。 - 2.差異分析
当初の実行予算と最終実績を比較し、「なぜ利益が出たのか」「なぜ赤字になったのか」の原因を詳細に分析します。 - 3.データ蓄積
分析結果を社内のデータベースや次回の実行予算策定資料として残します。このフィードバックループが、会社全体の積算精度と利益率を向上させます。

原価管理の方法比較:エクセル管理とシステム導入
原価管理を行うためのツールとして、主に「エクセル(Excel)などの表計算ソフト」と「専用の原価管理システム」の2つが挙げられます。企業の規模や扱う案件数によって適したツールは異なります。それぞれのメリット・デメリットを比較し、自社に最適な方法を選択することが重要です。
エクセル(Excel)での管理が向いているケース
多くの企業で初期段階に採用されるのがエクセル管理です。
- エクセル管理のメリット・デメリット
- メリット
追加の導入コストがかからず、手軽に始められる。
自社の管理項目に合わせてフォーマットを自由にカスタマイズできる。 - デメリット
ファイルが増えると管理が煩雑になり、どれが最新版かわからなくなる(先祖返り)。
手入力による計算ミスや転記ミスが発生しやすい。
リアルタイムでの情報共有が難しく、属人化しやすい。
- メリット
向いている企業:
個人事業主や、同時に動く現場数が少なく(数件程度)、経理担当者が全体を把握できる規模の小規模事業者。
原価管理システムでの管理が向いているケース
業務効率化と正確性を重視する場合に選ばれるのが専用システムです。
- システム管理のメリット・デメリット
- メリット
データが一元管理され、営業・現場・経理でリアルタイムに情報を共有できる。
日報入力がそのまま台帳に反映されるなど、集計作業が自動化される。
過去のデータを容易に検索・参照でき、経営判断のスピードが上がる。 - デメリット
初期導入費用や月額利用料などのランニングコストがかかる。
システムの使い方を覚えるための教育コストが必要。
- メリット
向いている企業:
複数の現場が同時に稼働している中規模〜大規模事業者、またはエクセル管理の限界を感じている成長企業。
| 比較項目 | エクセル(Excel)管理 | 原価管理システム |
|---|---|---|
| 導入コスト | 低い(既存ソフトで対応可) | 初期費用・月額費用が発生 |
| カスタマイズ性 | 高い(自社仕様に作成可能) | ソフトの仕様に合わせる必要あり(製品による) |
| 入力・集計の手間 | 大きい(転記や計算式設定が必要) | 少ない(自動集計・連動が可能) |
| 情報共有のリアルタイム性 | 低い(ファイルの受け渡しが必要) | 高い(クラウド等で同時アクセス可) |
| 推奨される企業規模 | 個人事業主〜小規模事業者 | 中規模〜大規模事業者 |
[表:エクセル管理と原価管理システムの比較]
現場の原価管理でよくある課題と解決策
原価管理の重要性は理解していても、実際の現場では運用がうまくいかないケースが多々あります。ここでは、現場監督や経理担当者が直面しやすい「よくある課題」と、その具体的な「解決策」を提示します。
現場監督の事務作業負担が大きすぎる
課題:
現場管理、安全管理、品質管理に追われる現場監督にとって、詳細な帳票作成は大きな負担です。「忙しくて日報や台帳をつける暇がない」「帰社後の残業で事務処理をしている」という状況は珍しくありません。
解決策:
- モバイル端末の活用
スマホやタブレットから、移動中や隙間時間に日報入力ができるツールを導入する。 - 入力項目の簡素化
自由記述を減らし、選択式にするなど、入力の手間を最小限にするフォーマットに見直す。
タイムラグにより赤字対策が遅れる
課題:
請求書が届いてから経理が入力し、月次決算を待って初めて現場の収支がわかるというケースです。これでは「工事が終わってから大幅な赤字に気づく」という事態になり、手遅れです。
解決策:
- 発注ベースでの管理
請求書の到着を待たず、注文書を発行した時点(発注時点)で原価を見込み計上する運用ルールにする。 - 未成工事支出金の把握
工事完成基準の場合でも、途中経過の原価を常に把握できる体制を作る。
帳票ごとの数字が合わない
課題:
「実行予算書の項目と発注書の項目が違う」「現場の日報と経理の台帳で数字が食い違っている」など、データの不整合が発生し、正しい原価がつかめない状態です。
解決策:
- コード統一
費目や工種などのマスターデータを統一し、表記揺れをなくす。 - データ連携
日報データが自動で台帳に転送されるなど、転記作業をなくすシステム環境を構築する。
まとめ
建設現場における原価管理は、企業の存続と成長を支える根幹業務です。「実行予算書」で目標を定め、「作業日報」や「工事台帳」で日々の動きを可視化し、PDCAサイクルを回すことで、どんぶり勘定から脱却し、確実に利益を残す体質へと変わることができます。まずは自社の規模や課題に合わせて、エクセルでの管理徹底から始めるか、効率的な原価管理システムを導入するかを検討してみてください。適切な帳票選びと運用フローの確立が、利益最大化への第一歩となります。
よくある質問
建設現場の原価管理について、多くの経営者や現場責任者から寄せられる質問をまとめました。
Q1. 小規模な工務店でも原価管理システムは必要ですか?
必須ではありませんが、案件数が増えてエクセルでの管理が煩雑になったり、計算ミスが増えたりしたタイミングでの導入検討をおすすめします。管理コスト以上のコスト削減効果が見込める場合が多いです。
Q2. 原価管理を行う上で一番重要な帳票はどれですか?
全ての基本となる「実行予算書」です。ここで設定する目標原価が正確でないと、その後の予実管理(実績との比較)が機能しなくなるため、最も重要度が高いと言えます。
Q3. 現場の職人が日報を書いてくれない場合はどうすればいいですか?
入力項目を最小限にする、スマホで選択式にするなど、現場の負担を極力減らす工夫が必要です。また、正確な日報が適切な給与計算や公正な評価につながることを丁寧に説明し、協力を仰ぐことも有効です。





