実行予算の立て方とは?原価管理への反映方法も紹介

この記事の要約
- 実行予算の目的と重要性を解説
- 実行予算の具体的な立て方を5ステップで紹介
- 立てた予算を原価管理に活かす方法を解説
- 目次
- 実行予算とは?建設業(プロジェクト)における重要性と目的
- 実行予算の基本的な定義
- なぜ実行予算の作成が重要なのか?
- 実行予算と「見積予算」「基本予算」の違い
- 実行予算が「原価管理」の土台となる理由
- 実行予算と原価管理の密接な関係
- 実行予算がない場合の原価管理のリスク
- 【5ステップ】精度の高い実行予算の立て方
- ステップ1:契約内容と仕様の確認
- ステップ2:必要な作業(工数)の洗い出し
- ステップ3:費目ごとの積算(内訳の作成)
- ステップ4:予備費・諸経費の計上
- ステップ5:実行予算書の作成と社内承認
- 実行予算を「原価管理」へ効果的に反映させる方法
- 方法1:実行予算と実績原価の「予実管理」を行う
- 方法2:「差異分析」で原因を特定し対策する
- 方法3:原価管理システムを活用して効率化する
- 実行予算の精度を高め、原価管理を成功させるコツ
- コツ1:過去の類似プロジェクトのデータを活用する
- コツ2:現場担当者の意見を反映させる
- コツ3:実行予算の見直し(変更)を恐れない
- まとめ:実行予算は「原価管理」の羅針盤
- 実行予算と原価管理に関する「よくある質問」
- Q1. 実行予算はどのタイミングで立てるのが最適ですか?
- Q2. 実行予算の作成は誰が担当すべきですか?
- Q3. 小規模なプロジェクトでも実行予算は必要ですか?
実行予算とは?建設業(プロジェクト)における重要性と目的
実行予算は、プロジェクトの利益を確保するための「現場の憲法」とも言える重要な計画です。単なる数字の羅列ではなく、原価管理の出発点となります。本セクションでは、実行予算の基本的な定義と、なぜそれほどまでに重要視されるのか、さらに混同されがちな他の予算との明確な違いについて解説します。
実行予算の基本的な定義
まず、実行予算が「何であるか」を明確に定義します。
- 実行予算の定義
実行予算とは、プロジェクト(主に建設業や製造業など)を受注した後、実際に工事や製作を遂行するために必要な原価を、具体的に積算した予算のことです。
言い換えれば、「このプロジェクトを完了させるために、実際に使ってよい費用の詳細な計画書」であり、利益を生み出すための直接的な指針となります。
なぜ実行予算の作成が重要なのか?
実行予算の作成は、プロジェクトの収益性を左右する極めて重要なプロセスです。その最大の目的は、利益の確保です。
あらかじめ「いくらまでコストをかけて良いか」という明確な基準(実行予算)を設定することで、現場での無駄な支出を抑制し、どんぶり勘定を防ぎます。もし実行予算がなければ、現場担当者はどれだけの費用を使っているのか、最終的に利益が出るのかを把握できないまま作業を進めることになり、気づいた時には赤字になっていた、という事態を招きかねません。
実行予算は、プロジェクトチーム全体が共有すべき「利益確保の羅針盤」として機能します。
実行予算と「見積予算」「基本予算」の違い
プロジェクト管理で使われる「予算」にはいくつかの種類があり、特に「見積予算」や「基本予算」と実行予算は混同されがちです。しかし、これらは目的、作成タイミング、積算の精度が明確に異なります。
以下の表は、それぞれの予算の違いを整理したものです。
| 予算の種類 | 主な目的 | 作成タイミング | 積算の精度 |
|---|---|---|---|
| 実行予算 | 現場の原価管理、利益確保 | 受注後(着工前) | 高(実際に使う費用) |
| 見積予算 | 受注獲得のための提示 | 受注前 | 中(競合考慮) |
| 基本予算 | 社内的な目標設定 | 企画・計画段階 | 低(概算) |
見積予算は受注を獲得するための価格提示が目的であり、競合の動向も加味されるため、必ずしも実行可能な原価と一致しません。一方、実行予算は、受注が決まった後に、現場が実際に利益を出すために守るべき「実行可能な原価」として、より高い精度で作成されます。
実行予算が「原価管理」の土台となる理由
実行予算の作成はゴールではありません。むしろ、そこからが原価管理のスタートです。なぜ実行予算が原価管理に不可欠なのか、その密接な関係性と、実行予算がない場合にどのようなリスクが発生するのかを具体的に解説します。
実行予算と原価管理の密接な関係
原価管理とは、プロジェクトの原価を管理し、利益を確保するための一連の活動を指します。この活動の根幹を成すのが実行予算です。
- 実行予算 =「計画(Plan)」
- 原価管理 =「計画と実績の比較・分析・対策(Check/Action)」
つまり、実行予算は原価管理における「計画値」そのものです。日々発生する実績原価(実際に使った費用)と実行予算(計画値)を比較することで初めて、「計画通りに進んでいるか」「どこに問題があるか」を把握できます。実行予算という比較対象がなければ、原価管理は成り立ちません。
実行予算がない場合の原価管理のリスク
「実行予算がなくても現場は進む」という考え方もあるかもしれませんが、それは非常に危険な状態です。原価管理の土台がない現場では、以下のようなリスクが常に伴います。
- 実行予算がない場合のリスク
- 赤字の発生に気づくのが遅れる
明確な基準がないため、コストが超過していても「どの程度危険なのか」を定量的に把握できず、プロジェクト終盤で初めて大幅な赤字が発覚します。 - 無駄なコストを特定できない
何が「適正」なのかが定義されていないため、材料の過剰発注や非効率な作業手順による人件費の浪費を見過ごしてしまいます。 - 適切なリソース配分ができない
各作業にどれだけのコスト(工数)が割り当てられているかが不明確なため、感覚的な人員配置となり、特定の工程で無理が生じたりします。 - 次のプロジェクトに経験を活かせない
プロジェクトが成功しても失敗しても、その原因がコストの観点から分析・蓄積されないため、次の類似プロジェクトで同じ失敗を繰り返す可能性が高くなります。
- 赤字の発生に気づくのが遅れる
【5ステップ】精度の高い実行予算の立て方
精度の高い実行予算を立てることは、原価管理の成功に直結します。ここでは、実行予算を立てるための具体的な手順を5つのステップに分けて、時系列で解説します。

ステップ1:契約内容と仕様の確認
目的: 実行予算の「範囲」を確定させます。
作業内容: まず、顧客と合意した契約書、見積書、図面、仕様書などを徹底的に再確認します。「何を作るのか」「どこまでが契約範囲なのか」を明確に定義することが、積算漏れを防ぐ第一歩です。見積時に不明瞭だった点が残っていないかもチェックします。
ステップ2:必要な作業(工数)の洗い出し
目的: 実行予算を積算するための基礎単位をすべてリストアップします。
作業内容: WBS(Work Breakdown Structure:作業分解構成図)などを活用し、プロジェクト完了までに必要なすべての作業を、できるだけ細かい単位まで分解して洗い出します。作業の漏れは、そのまま積算漏れ(=潜在的な赤字要因)に直結します。
ステップ3:費目ごとの積算(内訳の作成)
目的: 洗い出した作業に基づき、具体的なコストを計算します。
作業内容: ステップ2で洗い出した作業項目ごとに、原価を構成する主要な費目に分けてコストを積算します。これは建設業会計における「完成工事原価」の考え方に基づいています。
- 材料費
プロジェクトで使用する主要な資材、消耗品などの副資材の費用。数量と単価を正確に把握します。 - 労務費
プロジェクトに直接従事する作業員や技術者の人件費(賃金・給与など)。必要な工数(人日数)と単価から計算します。 - 外注費
自社で賄えない専門作業などを外部業者に依頼する費用。過去の実績や見積もりを基に計上します。 - 経費
上記以外で発生する費用(現場経費、機械のリース費、運搬費、仮設費、光熱費、特許権使用料など)。
[出典:建設業法施行規則(別記様式第十五号及び第十六号)の附属書類「完成工事原価報告書」]
ステップ4:予備費・諸経費の計上
目的: 不測の事態や細かな経費に対応し、予算のバッファを確保します。
作業内容: ステップ3で積算した直接的な費用に加え、予期せぬトラブルや仕様変更に対応するための「予備費」を計上します。また、現場運営に必要な諸経費(コピー代、通信費など)も見込んでおくことが重要です。ただし、予備費を過度に計上すると、コスト意識の低下を招くため注意が必要です。
ステップ5:実行予算書の作成と社内承認
目的: 積算結果を公式な文書として確定させ、関係者間で共有します。
作業内容: すべての積算結果を、社内で定められたフォーマット(実行予算書)にまとめます。この予算書に基づき、上長や経理部門、経営層の承認を得て、初めて正式な実行予算として確定します。このプロセスにより、組織として「この予算で利益を出す」という合意形成がなされます。
実行予算を「原価管理」へ効果的に反映させる方法
実行予算は「立てて終わり」の書類ではありません。それを日々の原価管理に活かしてこそ、初めて意味を持ちます。実行予算を単なる計画書から「利益を生み出すツール」へと昇華させるための、具体的な反映方法を3つ紹介します。

方法1:実行予算と実績原価の「予実管理」を行う
実行予算を原価管理に反映させる最も基本的かつ重要な活動が「予実管理」です。
予実管理とは、文字通り「予算(実行予算)」と「実績(実際にかかった原価)」を定期的に比較・管理することです。例えば、月次や週次で、「材料費は予算内で収まっているか」「労務費が想定より多く発生していないか」をチェックします。この比較によって初めて、計画とのズレ(=差異)が可視化されます。
方法2:「差異分析」で原因を特定し対策する
予実管理によって「差異」が明らかになったら、次に行うべきは「差異分析」です。
単に「予算を超過した」という事実だけを見て「使いすぎだ」と責めるだけでは、原価管理とは言えません。「なぜ差異が発生したのか?」その原因を具体的に深掘りすることが重要です。
- (例)材料費の超過
原因A(外的要因): 仕入れ単価そのものが急騰した。
原因B(内的要因): 発注ミスや作業ミスによる歩留まり(使用効率)が悪化した。
原因C(計画ミス): そもそも実行予算の積算(必要な数量)が間違っていた。
原因がAであれば仕入れ先の見直し、Bであれば作業手順の改善、Cであれば次回からの積算精度の向上、といったように、原因に応じた具体的な対策(アクション)を打つことができます。
方法3:原価管理システムを活用して効率化する
エクセルや紙の帳票で実行予算と実績原価を管理することも可能ですが、プロジェクトが複雑化・大規模化するにつれて限界が生じます。
エクセル管理では、以下のような課題が発生しがちです。
- 実績原価の集計に時間がかかり、データがリアルタイムではない。
- 入力ミスや計算式のミスが起こりやすい。
- ファイルが分散し、最新の情報を共有しにくい。
原価管理システム(またはERPの一部機能)を活用することで、これらの課題を解決できます。システムを導入すれば、実行予算データと、日々発生する発注データや経費精算データを連携させ、予実対比をリアルタイムで自動的に行うことが可能になります。これにより、管理工数を削減しつつ、より迅速かつ正確な経営判断(差異分析と対策)が行えるようになります。
実行予算の精度を高め、原価管理を成功させるコツ
実行予算の精度が低ければ、それを基準とする原価管理もうまくいきません。ここでは、実行予算の精度を高め、結果として原価管理を成功に導くための実践的な3つのコツを紹介します。
コツ1:過去の類似プロジェクトのデータを活用する
精度の高い実行予算を立てる上で、最も信頼できる根拠となるのが「過去の実績データ」です。
過去に手がけた類似のプロジェクトで、「実際にかかった原価(材料費、労務費、外注費など)」のデータは、次の実行予算を組む際の貴重なベンチマークとなります。勘や経験だけに頼るのではなく、客観的な実績データに基づき積算を行うことで、予算の精度は飛躍的に向上します。データを蓄積し、いつでも参照できる体制を整えておくことが重要です。
コツ2:現場担当者の意見を反映させる
実行予算の積算を、本社や管理部門だけで完結させてはいけません。実際にプロジェクトを遂行する「現場担当者」の意見を積極的に反映させることが不可欠です。
現場監督や作業リーダーは、「この作業は図面上で見るよりも時間がかかる」「この材料は歩留まりが悪い」といった、机上の計算だけでは見えない実態(=生きたコスト情報)を把握しています。彼らの知見を実行予算に組み込むことで、より現実的で実行可能な予算となり、現場のコスト意識(予算を守ろうとする意識)も高まります。
コツ3:実行予算の見直し(変更)を恐れない
一度立てた実行予算を絶対的なものとして固定化してしまうと、現実との乖離が大きくなるリスクがあります。
プロジェクトの進行中には、顧客からの急な仕様変更、予期せぬトラブル、資材の急激な価格変動など、当初の計画(実行予算)の前提を覆す事態が発生することがあります。このような重要な変更が発生した場合は、実行予算そのものを見直す(=変更予算を作成する)ことを恐れてはいけません。
予算を見直し、最新の状況を反映させることで、常に「最新の着地点(最終的な予測原価)」を把握し続けることができます。これが、赤字を最小限に抑え、利益を最大化するための高度な原価管理につながります。
まとめ:実行予算は「原価管理」の羅針盤
本記事では、実行予算の立て方から、それをいかにして日々の原価管理に反映させるかについて、具体的なステップとコツを解説しました。
実行予算は、単に「立てて終わり」の書類ではありません。それは、プロジェクトの利益を確保するという最終目的地(=黒字化)へチームを導くための「原価管理の羅針盤」です。
精度の高い実行予算を立て、それを基準として「予実管理」と「差異分析」を徹底し、得られたデータを次のプロジェクトに活かす。このサイクルを回し続けることこそが、継続的に利益を生み出す強い組織の基盤となります。
実行予算と原価管理に関する「よくある質問」
実行予算の作成や原価管理の運用に関して、多くの担当者が抱える疑問にお答えします。
Q1. 実行予算はどのタイミングで立てるのが最適ですか?
A:プロジェクトの受注が確定し、具体的な準備を始める段階(見積提出後・着工前)で作成するのが一般的です。遅くとも、実際に原価(材料の発注や人員の手配)が発生し始める前までには、実行予算を完成させ、社内承認を得ておく必要があります。
Q2. 実行予算の作成は誰が担当すべきですか?
A:プロジェクトの収支に最終的な責任を持つ人、つまりプロジェクトマネージャーや現場監督(現場代理人)が主体となって作成するのが最も理想的です。ただし、積算部門の専門知識や、経理部門のコストデータを活用するなど、関係部門と協力しながら作成することで、精度と実効性が高まります。
Q3. 小規模なプロジェクトでも実行予算は必要ですか?
A:はい、必要です。プロジェクトの規模に関わらず、利益を確保するためには原価管理が不可欠であり、実行予算はその土台となります。「小規模だからどんぶり勘定でよい」ということはありません。むしろ小規模なプロジェクトこそ、一つのコスト超過が全体の利益に与える影響が大きくなります。プロジェクトの規模に応じて、実行予算書の項目を簡略化するなど、運用しやすい形式で作成・管理することが推奨されます。





