「労務」の基本知識

建設業における労務担当者の役割と求められる力とは?


更新日: 2025/11/04
建設業における労務担当者の役割と求められる力とは?

この記事の要約

  • 建設業の労務担当者に求められる役割と特有の業務を解説
  • 労務に必要な専門知識やコミュニケーション能力などのスキル
  • 労務担当者のやりがい、難しさ、キャリアアップの方法とは

建設業における「労務」とは?一般的な労務との違い

建設業における労務管理は、オフィスワーク中心の企業とは異なり、現場特有の複雑な課題に対応する必要があります。一般的な勤怠管理や社会保険手続きに加え、現場作業員の安全管理や多様な就業形態への対応が求められます。このセクションでは、まず労務管理の基本を整理し、建設業特有の事情について具体的に解説します。

労務管理の基本的な仕事内容

一般的に、企業の労務管理とは「従業員が安心して働ける環境を整備・管理する業務」全般を指します。その業務範囲は多岐にわたりますが、主な内容は以下の通りです。

勤怠管理:従業員の出退勤、休暇、残業時間などを把握・管理します。
給与計算:勤怠データに基づき、各種手当や控除を計算し、給与を確定・支給します。
社会保険・労働保険の手続き:健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険などの加入・喪失手続きや、給付申請を行います。
福利厚生の運用:住宅手当、社員食堂、レクリエーションなど、法定外福利厚生の制度設計や運用を行います。
就業規則の作成・改定:労働法規の改正や会社の状況変化に合わせ、従業員の労働条件や服務規律を定めた就業規則を見直します。
入退社手続き:雇用契約の締結、必要書類の回収、退職時の諸手続きなどを行います。
労働安全衛生管理:従業員の健康診断の実施や、安全な職場環境の維持・改善活動を行います。

建設業特有の労務管理とは?

建設業の労務管理は、上記の基本業務に加え、業界特有の複雑な要素に対応する必要があります。これが、他業種の労務管理との大きな違いです。

建設業特有の労務管理ポイント

現場ごとの勤怠管理:現場への直行直帰が多いため、出退勤の把握が複雑になりがちです。作業員の日々の出勤状況を紙やデータで管理する「出面(でづら)管理」も特有の業務です。

多様な就業形態への対応:正社員だけでなく、日雇い労働者、期間契約の作業員、個人事業主である一人親方など、多様な形態の人々が現場に関わるため、それぞれに適した契約や保険手続き(特に労災保険の特別加入など)が求められます。

重層的な下請構造への対応:建設工事は複数の下請会社が関わることが一般的です。元請企業の労務担当者は、下請作業員の社会保険加入状況を確認・指導する義務や、現場全体の安全管理体制を構築する必要があります。これらは「安全書類(グリーンファイル)」と呼ばれる、現場の安全衛生に関する一連の書類によって管理されます。

労働安全衛生管理の重要性:建設現場は常に労災のリスクと隣り合わせです。労災を未然に防ぐための安全教育、危険予知活動の推進、作業環境の点検など、安全衛生管理の比重が極めて高くなります。

建設キャリアアップシステム(CCUS)への対応:技能者の資格や就業履歴を業界全体で登録・蓄積するシステム(CCUS)への対応も、近年の建設業労務の重要な役割となっています。

[出典:国土交通省 建設キャリアアップシステム]

建設業の労務と人事・総務との違い

中小規模の建設会社では、これらの業務を一人が兼任することも少なくありませんが、役割には明確な違いがあります。特に「労務」は、法律に基づき「働く環境」を適正に管理する専門性が求められます。

以下は、建設業における「労務」「人事」「総務」の主な役割分担を示した表です。

職種 主な役割・業務内容
労務 勤怠、給与、社会保険、安全衛生など「労働環境」の整備・管理。適正な労働の担保がミッション。
人事 採用、配置、評価、教育など「人材」の活用・育成。組織力の最大化がミッション。
総務 備品管理、施設管理、車両管理、社内イベントなど、会社全体の円滑な運営サポートがミッション。

建設業の労務担当者が担う具体的な役割と仕事内容

建設業の労務担当者は、企業のコンプライアンス(法令順守)と従業員の生活基盤を守るため、専門的かつ多岐にわたる業務を担います。特に建設業法や労働安全衛生法が密接に関わる点が特徴です。ここでは、労務担当者が日々行う具体的な仕事内容のうち、特に重要となる5つを掘り下げて紹介します。

勤怠管理と給与計算

建設業の給与計算は、現場ごとの複雑な勤怠データを正確に処理するスキルが求められます。

現場作業員の日々の出勤記録である「出面(でづら)管理」は基本です。これに加え、現場への直行直帰、早出・残業、夜間作業、休日出勤などのデータを集計します。さらに、現場手当、出張手当、資格手当、役職手当といった各種手当を正確に反映させ、社会保険料や税金を控除して給与を確定させます。時間外労働の上限規制(36協定)の順守も、労務担当者の重要な監視業務です。

社会保険・労働保険の手続き

従業員のライフイベントや万が一の事態に備える社会保険・労働保険の手続きは、労務担当者の重要な役割です。

従業員の入退社に伴う健康保険・厚生年金・雇用保険の資格取得・喪失手続きはもちろん、建設業で特に重要なのが「労災保険」です。

現場で労働災害が発生した際の給付手続き(療養給付、休業給付など)は、迅速かつ正確に行わなければなりません。また、下請の一人親方が現場に入る場合、労災保険に特別加入しているかを確認・指導することも、元請企業の労務担当者の役割に含まれます。

安全衛生管理(重要)

建設業の労務において、従業員の「命と健康」を守る安全衛生管理は最重要業務の一つです。労務担当者が安全衛生担当者を兼任するケースも多く、以下の業務を主導します。

安全書類(グリーンファイル)の作成・管理・チェック:現場に入る作業員名簿、社会保険加入状況、資格証、健康診断結果などを網羅した書類を整備・確認します。
定期健康診断、特殊健康診断の実施・管理:全従業員の定期健康診断に加え、粉じん作業や高所作業など特定の有害業務に従事する作業員に対し、法律で定められた特殊健康診断を確実に実施させます。
ストレスチェックの実施:メンタルヘルス不調を未然に防ぐため、ストレスチェック制度を運用し、高ストレス者へのフォローを行います。
安全衛生委員会の運営サポート:毎月開催される安全衛生委員会の議事録作成や、決定事項の現場への周知徹底をサポートします。
ヒヤリハット事例の収集と対策立案:重大事故につながりかねない「ヒヤリハット」事例を現場から収集し、再発防止策を検討・実行します。

建設現場の安全管理について打ち合わせる現場監督と労務担当者

[出典:厚生労働省 労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう(パンフレット)]
[出典:厚生労働省 ストレスチェック制度導入ガイド(パンフレット)]

就業規則・各種規程の整備と運用

会社の実態と法律を適合させるため、就業規則や関連規程の整備・運用も労務の仕事です。

特に建設業では、労働基準法建設業法などの法改正が頻繁に行われます。例えば、建設業への時間外労働の上限規制への対応など、法改正の都度、就業規則や36協定を見直す必要があります。

また、「現場への直行直帰時の労働時間の取り扱い」「出張規程」「車両管理規程」「現場手当の支給基準」など、建設業の現場実態に即した具体的なルールを定め、従業員に周知徹底させることも重要な役割です。

建設キャリアアップシステム(CCUS)への対応

近年、建設業界全体で導入が進む「建設キャリアアップシステム(CCUS)」への対応は、現代の労務担当者に求められる新しい役割です。

CCUSは、技能者(作業員)一人ひとりの就業履歴や保有資格を業界統一のシステムに登録・蓄積するものです。労務担当者は、自社がCCUSに事業者登録する手続きや、所属する技能者の登録サポート、現場での就業履歴を蓄積するための運用(カードリーダーの設置・管理など)において、社内の推進役や事務局を担うケースが増えています。

建設業の労務担当者に求められる力(スキル・知識)

建設業の労務担当者として専門的な業務を遂行するには、法律知識から対人スキルまで、幅広い能力が求められます。一般的な労務スキルに加え、建設現場という特殊な環境に対応する力が不可欠です。ここでは、建設業の労務担当者に特に求められる4つの力を解説します。

必須となる専門知識

労務管理の根幹をなすのは、法律の知識です。特に以下の法律は、建設業の労務担当者として必ず押さえておく必要があります。

労務担当者に必須の法律知識

労働基準法:労働時間、休日、賃金、36協定など、労働条件の最低基準を定めた法律です。時間外労働の上限規制への対応は喫緊の課題です。

労働安全衛生法:安全衛生管理体制、健康診断、危険防止措置など、労働者の安全と健康を守るための法律です。

建設業法:建設業の許可、請負契約のルールなどを定めた法律。下請業者への指導や社会保険未加入対策など、労務管理とも密接に関連します。

これらに加え、社会保険(健康保険法、厚生年金保険法など)や労働保険(労災保険法、雇用保険法)に関する実務知識も不可欠であり、法改正の情報を常に最新の状態に保つ学習意欲が求められます。

現場と円滑に進めるコミュニケーション能力

労務の仕事は、デスクワークだけでは完結しません。むしろ、多様な立場の人々と関わり、調整するコミュニケーション能力が最も重要と言っても過言ではありません。

例えば、現場の作業員や現場監督に対しては、安全ルールや勤怠の締切といった「守ってもらうべきこと」を、その必要性と共に分かりやすく伝える必要があります。経営層に対しては、法改正に伴うリスクや、新しい労務管理システム導入のメリットなどを論理的に説明し、判断を仰ぎます。

また、社会保険労務士や行政機関(労働基準監督署など)とも専門的なやり取りを行います。現場の事情を理解しつつ、会社のルールや法律を順守してもらうための「調整力」が、建設業の労務担当者には不可欠です。

電話対応とデータ確認を同時に行う労務担当者

正確性とスピードを両立する事務処理能力

給与計算や社会保険手続きは、従業員の生活に直結する非常にデリケートな業務です。計算ミスや手続き漏れは、従業員の不利益に直結し、会社への信頼を大きく損ねます。

建設業の労務は、現場ごとの勤怠データ、多数の作業員名簿、安全書類など、取り扱う情報量が膨大かつ複雑です。「1円の間違いも許されない」という意識で、膨大なデータを正確に処理する能力が求められます。同時に、給与支払日や保険手続きの期限といった「締め切り」は厳守しなくてはならず、スピード感を持って業務を完遂する能力も同様に重要です。

IT・デジタルツール活用スキル

現代の労務管理において、IT・デジタルツールの活用スキルは必須です。紙の出面表やタイムカード、Excelでの集計だけでは、複雑化する建設業の労務管理(特に時間外労働上限規制への対応)には限界があります。

具体的には、以下のようなツールを「なぜ導入するのか(目的)」を理解し、「どう運用するのか(実行)」を現場に浸透させるスキルが求められます。

勤怠管理システム:スマートフォンやICカードで現場からでも打刻でき、残業時間をリアルタイムで自動集計するために活用します。これにより、36協定違反の防止や給与計算の迅速化につながります。
労務管理ソフト(給与計算ソフト):勤怠データと連携し、複雑な手当や保険料を自動計算します。人為的ミスを減らし、各種帳票の作成を効率化します。
建設キャリアアップシステム(CCUS):技能者情報の登録や就業履歴の管理をデジタル化し、業界共通のインフラに対応するために必要です。

これらのツールを使いこなし、業務効率化(DX)を推進するスキルは、労務担当者の生産性を高める上で不可欠です。

建設業で労務を担当するやりがいと難しさ

建設業の労務は、専門性が高く責任も重い仕事ですが、それに見合う「やりがい」と、乗り越えるべき「難しさ」があります。会社の基盤を支えるこの仕事の魅力と、直面しがちな課題について解説します。

やりがい:社員(作業員)の「働く」を支える実感

労務担当者の最大のやりがいは、従業員(現場作業員を含む)の「働く」という活動を、最も根本的な部分から支えていると実感できることです。

・ 毎月の給与がミスなく正確に振り込まれること。
・ 病気やケガをした際に、社会保険の手続きがスムーズに進み、安心して休めること。
・ 安全教育や現場の環境改善によって、労災が減り、安全に働ける現場になったこと。

これらはすべて労務担当者の日々の業務の成果です。自分の仕事が、仲間の生活基盤や安全を直接守っているという「縁の下の力持ち」としての実感は、大きなモチベーションにつながります。また、現場監督や作業員から「いつもありがとう」「手続き助かったよ」と感謝の言葉をもらえることも、大きな喜びとなるでしょう。

難しさ:法改正へのキャッチアップと現場の板挟み

建設業の労務担当者には、特有の難しさもあります。

第一に、関連法規の改正に常に対応し続ける必要がある点です。労働基準法、安全衛生法、建設業法などは頻繁に改正されます。時間外労働の上限規制やインボイス制度、CCUSへの対応など、新しいルールを正確に理解し、自社の制度や運用に落とし込む作業は、継続的な学習が求められプレッシャーもかかります。

第二に、現場と経営層・法律との「板挟み」になりやすい点です。「工期が厳しいから、もっと残業させたい」という現場の要望と、「法律(36協定)の上限を超えてはいけない」というルールとの間で、調整に苦慮することがあります。現場の事情を理解しつつも、会社のコンプライアンスを守るために、時には「ノー」と言わなければならない難しい立場です。

建設業の労務担当者としてキャリアアップするには?

建設業の労務担当者は、専門性を高めることで多様なキャリアパスを描くことが可能です。現場の「人」と「安全」を守るプロフェッショナルとして、さらに市場価値を高めていくための具体的な方法を3つ紹介します。

役立つ資格の取得

労務管理の専門性を客観的に証明し、キャリアアップに直結する資格があります。これらの資格取得は、知識の深化と信頼性の向上につながります。

社会保険労務士(社労士)
労働法規や社会保険に関する唯一の国家資格です。労務管理のスペシャリストとして、社内での昇進はもちろん、独立開業も視野に入れられる最高峰の資格です。

第一種衛生管理者(または第二種)
常時50人以上の労働者を使用する事業場(建設現場も含む)で必須となる国家資格です。特に安全衛生管理の比重が高い建設業において、この資格を持つ労務担当者は高く評価されます。

建設業経理士(1級・2級)
建設業特有の会計処理を学ぶ資格ですが、労務費(給与、法定福利費など)は建設原価の重要な要素です。経理の知識を持つことで、経営的な視点を持った労務管理が可能になります。

労務管理システムの導入・運用経験

紙やExcel中心のアナログな管理から、新しい労務管理システム勤怠管理システムへの移行(DX)を主導した経験は、非常に強力な実績となります。

システムの選定、導入プロジェクトの推進、現場への運用定着といった経験は、単なる事務処理能力だけでなく、業務プロセス全体を改善・効率化できる「問題解決能力」の証明となります。人手不足が深刻化する建設業界において、ITを活用して生産性を向上させた経験は、どの企業からも求められるスキルです。

人事・採用など管理部門全体へのキャリアパス

労務管理で培った「人」と「法律」に関する深い知識は、他の管理部門業務へのキャリアチェンジにも役立ちます。

労務のプロフェッショナルとして専門性を極める道だけでなく、その知識を基盤に、「採用」業務で現場が求める人材を確保したり、「教育・研修」で社員のスキルアップを支援したり、「人事制度設計」で公正な評価や賃金体系を構築したりと、人事領域全体へとキャリアを広げることが可能です。将来的には、労務・人事・総務を統括する「管理部門のマネージャー」や「CHRO(最高人事責任者)」を目指す道も開かれています。

まとめ

建設業における労務担当者は、単なる事務処理に留まらず、企業の根幹である「人」と「現場の安全」を支える極めて重要な役割を担っています。

一般的な労務知識に加え、建設業特有の複雑な勤怠管理、多様な就業形態への対応、そして何よりも厳格な安全衛生管理への深い理解と実行が求められる専門職です。この仕事を全うするためには、労働基準法や安全衛生法といった法律の専門知識はもちろん、現場の作業員から経営層まで、多様な人々と調整を行う高いコミュニケーション能力、そして給与や保険をミスなく処理する正確な事務処理能力が不可欠です。

頻繁な法改正へのキャッチアップや、現場とルールの板挟みになる難しさもありますが、社員の生活基盤と安全を直接守る、非常にやりがいの大きな仕事です。この記事が、建設業の労務担当者の役割と魅力について理解を深める一助となれば幸いです。

よくある質問

Q. 建設業の労務は未経験でもなれますか?
A. 可能性はあります。ただし、労働基準法や社会保険、安全衛生法など、学ぶべき専門知識が多岐にわたるため、完全未経験の場合はまずアシスタント業務からスタートし、OJT(実務を通じた学習)や自己学習で知識を習得していくのが一般的です。簿記や社会保険労務士の学習経験があると、基礎知識があるとみなされ、選考で評価されやすい場合があります。

Q. 建設業の労務で特に注意すべき法律は何ですか?
A. 以下の3つは特に重要であり、密接に関連しています。
1. 労働基準法:特に時間外労働の上限規制(36協定)は、建設業にも適用されており、厳格な管理が求められます。
2. 労働安全衛生法:現場の安全管理体制、健康診断(一般・特殊)、ストレスチェックの実施など、順守すべき項目が非常に多岐にわたります。
3. 建設業法:適正な請負契約や技術者の配置、社会保険未加入対策など、間接的に労務管理(特に下請作業員の管理)にも深く関わってきます。

Q. 労務担当者の「よくある不安」や「きつい点」は何ですか?
A. 「毎月の給与計算や社会保険手続きでミスをしないか」「頻繁な法改正に正しくキャッチアップできているか」といった専門知識への不安が多いです。また、建設業特有の点として「現場にルール(安全、勤怠など)を守ってもらうための調整が難しい」といった、現場と管理部門との板挟みによる調整業務のプレッシャーを感じる方も多いようです。

NETIS
J-COMSIA信憑性確認
i-Construction
Pマーク
IMSM

株式会社ルクレは、建設業界のDX化を支援します