「労務」の基本知識

建設業の人事制度設計と労務課題への対策とは?


更新日: 2025/11/12
建設業の人事制度設計と労務課題への対策とは?

この記事の要約

  • 建設業特有の人事労務課題5つを整理
  • 人材定着に繋がる人事制度設計の3本柱
  • 2024年問題に対応する具体的な労務対策
目次
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建設業が直面する特有の人事・労務課題とは?

建設業界は、その事業特性から他業種とは異なる根深い人事・労務課題を抱えています。工期や天候への依存、重層的な下請構造、現場作業の危険性などが、複雑な問題を生み出しています。まずは、多くの建設企業が直面している代表的な5つの課題を整理し、自社の現状と照らし合わせてみましょう。

建設現場で図面を見ながら打ち合わせる作業員と現場監督

深刻化する長時間労働と休日確保の難しさ

建設業は伝統的に長時間労働が常態化しやすい業種です。その背景には、「工期の厳守」という絶対的な命題があります。天候不順による遅れは、後工程での長時間労働で取り戻すしかなく、突発的な仕様変更も発生しやすいです。また、週休2日制(4週8閉所)の確保も難しく、休日出勤が常態化している現場も少なくありません。

特に「2024年問題」(働き方改革関連法による時間外労働の上限規制の適用)は、建設業にとって待ったなしの課題です。罰則付きの上限規制が適用されることで、従来の働き方では立ち行かなくなるため、根本的な業務効率化と適正な労務管理が急務となっています。
[出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」]

複雑な賃金体系と評価の不透明性

建設業の賃金体系は、日給月給制、日給制、完全月給制など企業や職種によって混在しており、非常に複雑です。特に現場の技能労働者(職人)の場合、基本給に加えて、現場手当、資格手当、出張手当など多種多様な手当が付く一方、天候による休みが給与に直結(ノーワーク・ノーペイ)することも多く、月々の収入が不安定になりがちです。

さらに、「職人の技術」という属人的なスキルを客観的に評価する基準が曖昧なため、「上司のさじ加減で評価が決まる」「なぜあの人が評価されるのか分からない」といった不公平感を生みやすい構造があります。これが若手のモチベーション低下や、ベテランの不満につながるケースも少なくありません。

慢性的な人材不足と技術継承の課題

建設業界は、全産業平均と比較しても高齢化が著しく進行しており、若手の入職者減少が深刻な問題となっています。「きつい、汚い、危険」といったイメージが未だに根強く、他業種との人材獲得競争で不利な状況にあります。

この問題は、単なる人手不足にとどまりません。長年現場を支えてきたベテラン技能者の大量退職が目前に迫っており、彼らが持つ高度な専門技術やノウハウの継承が断絶する危機に瀕しています。若手を育成する余裕がないままベテランが去ることで、企業の競争力そのものが失われるリスクがあります。

社会保険未加入問題とコンプライアンスの重要性

建設業では、重層的な下請構造の中で、法人格のない一人親方や小規模事業者が多く介在します。この過程で、コスト削減のために本来加入すべき社会保険(健康保険、厚生年金保険)や労働保険(雇用保険、労災保険)に未加入のまま就労するケースが長年問題視されてきました。

現在、国土交通省を中心に適正加入が強力に推進されており、未加入業者は公共工事の受注ができないなどのペナルティが課されています。
[出典:国土交通省「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」]
元請企業には、自社従業員だけでなく、下請業者の加入状況も確認・指導する労務管理上の責任があり、コンプライアンス違反は企業の信用失墜に直結します。

労働安全衛生管理の徹底とリスク

建設現場は、高所作業、重機操作、重量物の運搬、感電、崩落など、常に重大な労働災害のリスクと隣り合わせです。ひとたび事故が発生すれば、従業員の生命に関わるだけでなく、企業は安全配慮義務違反として法的な責任(民事・刑事)を問われることになります。

労働安全衛生法に基づく管理体制の構築、危険予知(KY)活動の徹底、安全教育の実施は必須ですが、これらを「現場任せ」にしていては機能しません。全社的な安全文化の醸成と、リスクを管理する体系的な労務管理が不可欠です。

なぜ今、建設業に人事制度設計が必要なのか?

前述のような深刻な課題を抱える建設業において、旧態依然とした属人的な人事管理や労務管理では、もはや立ち行きません。体系だった人事制度を設計し、適切に運用することが、企業の未来を左右します。ここでは、人事制度の設計が企業と従業員にもたらす具体的なメリットを解説します。

【読者のよくある不安】「制度を作っても現場は変わらない」は本当か?

制度設計の本来の目的は「課題解決」

「立派な制度を作っても、現場は忙しく、結局は昔ながらのやり方が続くだけだ」という不安は、建設業の経営者や管理職からよく聞かれます。確かに、現場の実態とかけ離れた制度は形骸化します。

しかし、人事制度設計の本来の目的は「立派な箱を作ること」ではありません。「自社の課題を解決すること」です。例えば、「若手が定着しない」という課題があるなら、「若手がキャリアアップを実感できる等級制度」や「頑張りが報われる評価制度」を設計します。制度はあくまで課題解決のツールであり、現場の課題に即して設計・運用することで、初めて現場を変える力になります。

人材の確保・定着率向上への寄与

現代の求職者、特に若手層は、給与額だけでなく「その会社でどう成長できるか」「公正に評価されるか」を重視します。人事制度によって、明確なキャリアパス(等級制度)が示されれば、将来の不安が軽減され、入社後のミスマッチを防げます。

また、公正な評価制度が運用されていれば、「頑張っても評価されない」という理不尽さがなくなり、従業員のエンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)が高まります。結果として、採用応募者の増加と、既存社員の離職率低下(定着率向上)という、人材確保の根幹を支える効果が期待できます。

従業員のモチベーション向上と生産性の改善

人は「何をすれば評価され、報酬につながるか」が明確であれば、その方向に努力するものです。人事制度は、会社が従業員に期待する行動や成果を具体的に示す「メッセージ」でもあります。

納得感のある評価と報酬が連動することで、従業員は「正当に認められている」と感じ、仕事への意欲が高まります。例えば、「安全管理を徹底すること」や「後輩の指導」が評価項目に含まれていれば、従業員はそれらの行動を意識的に行うようになります。個々のモチベーション向上は、組織全体の安全意識の向上や技術力の底上げにつながり、結果として生産性の改善にも寄与します。

コンプライアンス遵守と企業リスクの軽減

整備された人事制度は、企業の労務リスクを軽減する「防波堤」の役割も果たします。例えば、労働時間や休日に関するルールを明確にし、評価制度と連動させる(過度な残業を評価しないなど)ことで、長時間労働の是正につながります。

また、賃金規程を整備し、等級や評価に基づいて適正に報酬を決定するプロセスは、未払い残業代などの賃金トラブルを予防します。労働安全衛生に関する規程を人事制度と一体で運用することで、労災リスクの管理も強化できます。こうしたコンプライアンスの徹底は、行政指導や訴訟のリスクから会社を守るために不可欠です。

建設業における人事制度設計の3つの柱{#3pillars-hr-design}

建設業の特性を踏まえた実効性のある人事制度を設計するには、3つの要素(等級・評価・報酬)が不可欠です。これら3つは個別に存在するのではなく、互いに連動することで初めて機能します。ここでは、それぞれの設計におけるポイントを解説します。

等級制度:キャリアパスの明確化

等級制度とは、従業員の序列や役割を定める「骨格」であり、キャリアアップの「道筋」を示すものです。建設業では、職種が多様なため、職種別に等級を設定することが有効です。

等級制度の設計ポイント
  • 職種別等級の設定例
    • 技術者(施工管理など): 新人 → 主任 → 係長(現場代理人補佐) → 課長(現場代理人) など
    • 技能者(職人): 見習い → 一般工 → 職長 → 上級職長(マイスター) など
    • 営業、事務など: 他業種と同様の等級設定
  • 役割定義と昇格要件の明確化 「○級は、現場代理人として小規模工事を完遂できるレベル」「昇格には一級施工管理技士の資格と、職長経験○年以上が必要」といった基準を定めます。これにより、従業員は目標を持ってスキルアップに取り組むことができます。

評価制度:公正な評価基準の設定

評価制度とは、従業員の貢献度を測り、等級の昇格や報酬に反映させるための「モノサシ」です。建設業では、定量的な成果だけでなく、目に見えにくいプロセスも評価することが重要です。

評価制度の設計ポイント
  • 評価項目の例
    • 成果評価(何を達成したか): 担当現場の工期遵守、予算達成度、品質(手直し率)、無事故・無災害の達成 など
    • 能力・プロセス評価(どう取り組んだか): 安全管理の徹底、後進の指導・育成、原価低減への工夫、近隣住民への配慮、チームワークへの貢献 など
  • 透明性と公平性の担保 「成果」だけを重視すると、安全や品質が疎かになるリスクがあります。「プロセス」も適切に評価項目に組み込むことで、現場の安全意識や技術継承を促せます。また、評価者(上司)による評価のブレをなくすため、評価者研修の実施も不可欠です。

報酬制度:納得感のある賃金体系の構築

報酬制度とは、等級と評価の結果を処遇に反映させる「仕組み」です。従業員の納得感が最も得られにくい部分であり、慎重な設計が求められます。

報酬制度の設計ポイント
  • 報酬の構成要素
    • 1. 基本給: 等級に応じて決定される基礎的な給与。等級が上がれば基本給も上がる設計にします。
    • 2. 諸手当: 役職手当、資格手当(施工管理技士、技能士など)、現場手当、家族手当、通勤手当など。建設業の特性に合わせて設計します。
    • 3. 賞与(ボーナス): 会社の業績と、個人の評価(評価制度の結果)を連動させて支給額を決定します。
  • 制度の連動性 目指すべきは、「等級(役割)が上がり、評価が高ければ、報酬も上がる」という分かりやすく納得感のある連動性です。日給月給制や不安定な手当に依存した給与体系から脱却し、安定的な月給制をベースとしながら、頑張りや保有スキルが適正に報われる賃金体系を構築することが、人材定着の鍵となります。

人事制度と連携した「労務」課題への具体的対策

人事制度という「土台」を設計したら、次はそれを活用して日々の具体的な労務課題を解決していく「実務」が重要です。制度と実務が連携して初めて、現場の働き方は変わります。特に「2024年問題」を目前に控え、早急な対策が求められます。

勤怠管理の徹底と「2024年問題」への対応

建設業の労務管理において、最も困難かつ重要なのが勤怠管理です。現場への直行直帰、複数現場の掛け持ち、早朝・夜間作業など、労働時間の実態把握が難しいためです。「2024年問題」に対応するには、まず正確な労働時間の把握が第一歩です。

  • 1. 勤怠管理システムの導入 GPS打刻やスマートフォン・ICカードを利用し、現場への到着・退出時間を客観的に記録できるシステムが有効です。移動時間や休憩時間が適切に管理されているか確認します。
  • 2. 36協定の適切な締結・運用 上限規制を遵守した36協定を締結し、従業員代表の選出プロセスも適正に行う必要があります。特別条項を適用する場合も、その要件と上限(年720時間以内など)を厳守します。
  • 3. 変形労働時間制の適切な活用 1年単位の変形労働時間制などを活用し、繁忙期と閑散期で労働時間を調整することは有効です。ただし、制度を導入しても時間外労働の上限規制が免除されるわけではなく、適正な運用が前提となります。
  • 4. 適正な休日(4週8閉所など)の確保に向けた工程管理 休日を確保するためには、発注者とも連携し、無理のない工期設定や工程管理の見直しが不可欠です。

適正な賃金計算と残業代の支払い

勤怠管理が正確にできたら、次はそのデータに基づき適正な賃金を計算する必要があります。特に残業代の計算ミスは、労務トラブルの最大要因の一つです。

固定残業代(みなし残業代)運用の注意点

固定残業代制度を導入する場合、以下の3点を雇用契約書や給与明細に明記し、従業員に周知しなければなりません。

  • 1. 固定残業代として支払う金額(例:5万円)
  • 2. その金額に相当する時間数(例:30時間分)
  • 3. 固定時間を超えた場合は、別途差額を支給すること
固定残業代を支払っているからといって、無制限に残業させてよいわけではありません。また、深夜労働(22時~5時)や休日労働の割増賃金は、固定残業代とは別に計算・支払いが必要です。

社会保険の適正な加入促進と手続き

前述の通り、社会保険の未加入はコンプライアンス上の重大な問題です。自社の従業員(正社員、および一定の要件を満たすパート・アルバイト)を適正に加入させることはもちろん、元請企業としては下請企業の加入状況にも目を光らせる必要があります。

現場入場時に作業員名簿と合わせて社会保険の加入状況を確認し、未加入の作業員がいる場合は、その所属企業に対して加入指導を行います。これが元請企業の労務管理上の責務となります。
[出典:国土交通省「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」]
一人親方についても、労災保険への特別加入を徹底させるなど、現場全体の安全網を構築することが求められます。

就業規則の整備と周知徹底

就業規則は、会社の「ルールブック」であり、労務管理の根幹です。建設業の実態に即した内容になっているか、定期的に見直す必要があります。

  • 労働時間、休憩、休日の定め(変形労働時間制を採用する場合はその詳細)
  • 直行直帰や現場移動に関するルール
  • 賃金の決定、計算、支払方法(固定残業代のルール含む)
  • 安全衛生に関する遵守事項、服装規程
  • 懲戒処分の事由と手続き

重要なのは、整備するだけでなく、従業員に周知徹底することです。現場の休憩室に備え付ける、入社時に説明会を開くなど、全従業員がいつでも内容を確認できる状態にしておかなければ、いざという時に効力を発揮しません。

【比較検討】人事制度・労務管理の運用体制

制度を設計した後、誰がどのように運用していくかは重要なポイントです。自社で完結する場合と、外部の専門家を活用する場合のメリット・デメリットを比較します。

自社(人事・総務部門)で運用する場合

自社の社員(主に人事・総務部門)が中心となって制度を運用する形態です。
メリットは、現場の事情や社内の人間関係に精通しているため、個別の事情を汲んだ柔軟な対応や迅速な意思決定がしやすい点です。
デメリットは、担当者が人事・労務の専門家でない場合、法改正への対応が遅れたり、誤った解釈で運用してしまったりするリスクがある点です。

外部専門家(社会保険労務士など)を活用する場合

人事・労務管理の専門家である社会保険労務士(社労士)などと顧問契約を結び、制度の運用サポートやアドバイスを受ける形態です。
メリットは、法改正や助成金に精通しており、専門的な知見に基づいた正確な労務管理が実現できる点です。コンプライアンス違反のリスクを大幅に低減できます。
デメリットは、顧問料や委託費用といったコストが発生する点、および外部の専門家が自社の現場事情を深く理解するまでに時間を要する場合がある点です。

【表で整理】自社運用 vs 外部専門家の比較

ここでは、人事・労務管理の運用体制について、自社運用と外部専門家(社労士など)の活用を比較整理します。

比較項目 自社運用 外部専門家(社労士など)
専門性 △(属人化しやすい) ◯(法改正・助成金に強い)
コスト ◯(人件費のみ) △(顧問料・スポット費用)
客観性 △(内部のしがらみ) ◯(客観的な判断が可能)
リソース △(他業務と兼任) ◯(専門業務に集中)
現場理解 ◯(早い) △(時間を要する場合あり)

まとめ:持続可能な経営を実現する人事制度と労務管理

本記事では、建設業特有の人事・労務課題を整理し、その解決策としての人事制度設計のポイント、そして具体的な労務対策について解説しました。

建設業を取り巻く環境(2024年問題、人材不足)は厳しさを増していますが、明確な人事制度と適正な労務管理は、従業員の安心感とモチベーションを高め、人材の確保・定着、ひいては企業の持続的な成長に不可欠です。

まずは自社の現状の課題を洗い出し、できるところから制度設計や労務環境の改善に着手してみてはいかがでしょうか。

Q. 建設業で労務管理が特に難しい理由は?

A. 主な理由として、以下の3点が挙げられます。

  • 1. 就業場所の変動性: 現場が点在し、屋外作業が多いため、労働時間の客観的な把握が困難です。直行直帰や現場間の移動時間の扱いも複雑です。
  • 2. 労働時間の不規則性: 天候や工期に大きく左右されるため、突発的な残業や休日出勤が発生しやすく、計画的な労働時間管理が難しいです。
  • 3. 重層的な下請構造: 自社の従業員だけでなく、多数の下請業者や一人親方が混在して作業するため、元請としてどこまで労務管理や安全管理の責任を負うべきか、その範囲が広く複雑になりがちです。

Q. 人事制度を変更する際、従業員の反対をどう乗り越えるか?

A. 一方的な変更は反発を招きます。重要なのは「対話」と「透明性」です。

  • 1. 目的の丁寧な説明: なぜ制度を変更する必要があるのか(例:頑張った人が報われるようにする)を、経営トップの言葉で真摯に説明します。
  • 2. 意見聴取の場の設定: 説明会や個別面談の場を設け、従業員の不安や意見に耳を傾け、制度案に反映できる部分は反映します。
  • 3. 不利益変更の慎重な対応: 変更によって一部の従業員の賃金が下がるなど「不利益変更」が生じる場合は、法的な要件(合理的な理由、従業員への周知、経過措置など)を満たした上で、慎重に手続きを進める必要があります。

Q. 建設業の評価制度で、何を基準にすればよいか分かりません?

A. 建設業の評価では、「成果(工期内・予算内での完遂、品質)」だけでなく、「プロセス(安全管理の徹底、後進の指導、他部署との連携)」も重視することがポイントです。また、職種(現場監督、職人、営業など)ごとに、期待される役割に応じた評価項目を設定することが公平感につながります。

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