労務部門と現場の連携で建設業の課題を解決とは?

この記事の要約
- 建設業の2024年問題解決には労務と現場の連携が不可欠
- 現場の負担を減らし法令遵守を強化する労務管理の手法
- クラウド導入や意識改革で実現する効率的な建設労務体制
- 目次
- 建設業が直面する「2024年問題」と労務管理の重要性
- 建設業界を取り巻く労働環境の現状
- 働き方改革関連法が建設業に与える影響
- なぜ現場任せではなく「労務」の介入が必要なのか
- 建設業における「現場」と「労務部門」の役割とギャップ
- 現場(施工管理・職人)が抱える悩みと優先順位
- 労務部門(本社・支店)が求めるコンプライアンスと管理
- 双方の意識のズレが生むリスクと弊害
- 労務と現場が連携することで解決できる建設業の課題
- 労働時間管理の適正化と残業削減
- 社会保険加入や安全書類(グリーンサイト等)の手続き効率化
- 従業員満足度の向上と離職率の低下
- 労務管理の効率化と現場連携を強化する具体的な手法
- STEP1:クラウド型労務管理システムの選定と導入
- STEP2:現場と労務をつなぐコミュニケーション手段の統一
- STEP3:勤怠管理のデジタル化による労働時間のリアルタイム把握
- STEP4:現場担当者(職長・監督)への労務教育と意識改革
- 自社に合った労務体制を構築するための比較検討
- 社内リソースで対応する場合のメリット・デメリット
- 社会保険労務士(社労士)やBPOへアウトソーシングする場合
- 労務管理システム導入時の選定ポイント
- まとめ:労務と現場の双方向コミュニケーションが建設業の未来を拓く
- よくある質問
- Q1. 建設業の労務管理で最も注意すべき点は何ですか?
- Q2. 現場が忙しくて労務の手続きに協力してくれない場合はどうすればよいですか?
- Q3. 小規模な建設会社でも労務管理システムは必要ですか?
建設業が直面する「2024年問題」と労務管理の重要性
建設業界は今、かつてない変革の時期を迎えています。特に2024年4月から適用された時間外労働の上限規制は、業界全体に労働環境の抜本的な見直しを迫っています。ここでは、なぜ今「労務管理」が経営の要として注目されているのか、その背景と重要性を解説します。
建設業界を取り巻く労働環境の現状
建設業界は長年、長時間労働と週休1日の現場稼働が常態化してきました。しかし、少子高齢化による深刻な人手不足と、若年入職者の減少は待ったなしの状況です。国土交通省の資料によれば、建設業就業者の高齢化は全産業と比較しても顕著であり、技術継承の断絶が危惧されています。
こうした中で、従来の「現場の頑張り」に依存した労働モデルは限界を迎えており、企業として組織的に労働時間を管理し、魅力ある職場環境を整備することが生存戦略となっています。
働き方改革関連法が建設業に与える影響
働き方改革関連法の適用により、建設業でも時間外労働の上限規制(原則月45時間・年360時間)が罰則付きで義務化されました。これに違反した場合、企業名の公表や罰金刑などのペナルティが科されるだけでなく、社会的信用を失墜するリスクがあります。
また、建設キャリアアップシステム(CCUS)の普及など、技能者の処遇改善に向けた動きも加速しており、労務管理は単なる事務作業ではなく、法令遵守(コンプライアンス)と企業の持続可能性を担保するための最重要課題となっています。
なぜ現場任せではなく「労務」の介入が必要なのか
従来、出面(でづら)管理や安全書類の作成は、現場代理人や施工管理者が業務の合間に行っていました。しかし、法規制が複雑化・厳格化する現在、現場の判断だけで適法な管理を行うことは困難です。
現場担当者は「工期厳守」と「品質確保」に注力すべきであり、労働時間管理や社会保険手続きといった専門知識を要する業務は、労務部門が主導権を持って介入する必要があります。現場任せの体質を脱却し、全社的なガバナンスを効かせることが求められています。
[出典:厚生労働省「建設業における働き方改革推進のためのガイドライン」]

建設業における「現場」と「労務部門」の役割とギャップ
本社や支店にある「労務部門」と、物理的に離れた「建設現場」の間には、意識や優先順位において大きな溝が存在することが少なくありません。このギャップを正確に把握することが、課題解決の第一歩となります。
現場(施工管理・職人)が抱える悩みと優先順位
現場の最優先事項は、何と言っても「工期内に安全に施工を完了させること」です。天候による工程の遅れや、急な設計変更への対応に追われる中で、労務管理に関する書類作成や勤怠報告は「後回しにしたい面倒な作業」と捉えられがちです。
また、日中は現場での指揮監督に時間を取られるため、事務作業はどうしても残業時間や休日に行わざるを得ないという実情があります。「本社の労務は現場の忙しさを分かっていない」という不満が、連携を阻む心理的な壁となっているケースも散見されます。
労務部門(本社・支店)が求めるコンプライアンスと管理
一方で労務部門のミッションは、会社を守るためのコンプライアンス遵守と適正な労務環境の維持です。「36協定」の範囲内で労働時間を収めることや、社会保険の未加入者を現場に入場させないことなど、法律に基づいた厳格な運用を求めます。
そのため、現場からの勤怠データ提出が遅れたり、書類に不備があったりすることに対して強い危機感を抱きます。「現場はルーズすぎる」「リスク管理ができていない」という視点になりがちで、現場への締め付けを強めてしまうことがあります。
双方の意識のズレが生むリスクと弊害
現場と労務部門の連携が取れていない場合、以下のようなリスクが発生します。
- 連携不足が引き起こす主なリスク
- 未払い残業代の発生リスク
正確な勤怠管理ができず、労働時間の実態と記録が乖離することで労使トラブルに発展する恐れがあります。 - 現場入場不可による工程遅延
グリーンサイト(労務安全書類)などの手続き不備により、職人が現場に入れない事態が発生し、工事の進捗が止まります。 - 離職率の増加と採用難
現場の事務負担過多や、本社の管理強化によるストレスで従業員のモチベーションが低下します。
- 未払い残業代の発生リスク
以下の表は、現場と労務部門の視点の違いを整理したものです。
| 比較項目 | 現場(施工管理・職人) | 労務部門(本社・支店) |
|---|---|---|
| 最優先事項 | 工期遵守、施工品質、現場の安全 | 法令遵守、リスク管理、コスト管理 |
| 時間感覚 | 天候やトラブルに左右される流動的な時間 | 就業規則や法律に基づいた定型的な時間 |
| 書類・手続き | 施工の妨げになる「負担」と捉えがち | 会社を守るための「証拠」として必須 |
| コミュニケーション | 対面や電話、朝礼での口頭伝達が中心 | メールやチャット、文書での記録を重視 |
| デジタルの活用 | 現場で使いにくいツールは敬遠する | 管理・集計しやすいシステム導入を推進したい |
労務と現場が連携することで解決できる建設業の課題
労務部門と現場が対立構造ではなく、パートナーとして連携することで、建設業が抱える慢性的な課題の多くは解決に向かいます。ここでは、連携によって得られる具体的なメリットを解説します。
労働時間管理の適正化と残業削減
労務部門が現場の状況をリアルタイムに把握できるようになると、特定の担当者に業務が集中している状況を早期に察知できます。これにより、本社から応援要員を派遣したり、業務分担を見直したりといった先手の対策が可能になります。
結果として、特定の個人への長時間労働の負荷が減り、組織全体での残業時間削減につながります。これは「2024年問題」への直接的な解決策となります。
社会保険加入や安全書類(グリーンサイト等)の手続き効率化
現場と労務が連携し、クラウドサービス等を活用して情報を共有することで、グリーンサイト(全建統一様式などの安全書類作成サービス)への登録や更新作業が劇的にスムーズになります。
現場代理人が手書きで書類を作成・郵送する手間がなくなり、労務部門もシステム上で承認フローを回すだけで完結するため、双方の業務時間が短縮されます。協力会社の社会保険加入状況も一元管理できるため、コンプライアンス違反のリスクも低減します。
従業員満足度の向上と離職率の低下
正確な勤怠管理と適正な給与計算、そして有給休暇の取得推奨などは、従業員の会社に対する信頼感を高めます。「自分の働きが正当に評価され、管理されている」という安心感は、従業員満足度(ES)の向上に直結します。
特に若手の技術者や職人はワークライフバランスを重視する傾向にあるため、労務環境の整備は離職率の低下と新規採用力の強化に大きく貢献します。
- 連携によって得られる具体的なメリット一覧
- 業務効率化
現場の事務作業時間が削減され、本業である施工管理や品質管理に集中できます。 - コスト削減
紙の書類郵送費や、非効率な移動時間、無駄な残業代を削減できます。 - 信頼性向上
法令遵守体制が整うことで、公共工事の入札加点や、元請け企業からの評価が高まります。 - データ活用
蓄積された労務データを分析し、次期工事の要員計画や適正な見積もり作成に活かせます。
- 業務効率化
労務管理の効率化と現場連携を強化する具体的な手法
概念的な連携だけでなく、実際にどのような手順で現場と労務をつなぐべきか、具体的なアクションプランを提示します。ここでは、国土交通省が推進するi-Constructionや働き方改革の指針に基づき、導入すべき手順を4つのステップで解説します。
STEP1:クラウド型労務管理システムの選定と導入
現代の建設労務において、アナログ管理からの脱却は必須です。まずは、自社の規模と課題に合った建設業特化型のクラウドシステムを選定します。
- CCUS連携
建設キャリアアップシステム(CCUS)とデータ連携が可能かを確認します。 - 現場適合性
スマホやタブレットで、職人が直感的に操作できるUIかを重視します。 - 機能網羅性
安全書類(グリーンサイト等)作成、出面管理、勤怠が連動しているかを確認します。
システムを導入することで、「いつ、誰が、どの現場に入場したか」が自動記録され、現場での台帳記入や本社の転記作業が不要になります。
[出典:国土交通省「建設業におけるICTの活用に向けた取組」]
STEP2:現場と労務をつなぐコミュニケーション手段の統一
システム導入と同時に、連絡手段のデジタル化を行います。電話やFAX、個人のLINEなどバラバラな連絡手段を、セキュリティが確保されたビジネスチャットツール(LINE WORKS、Slack、Teamsなど)に統一します。
- 現場写真はチャットで即時共有し、日報作成時間を短縮する。
- 「既読」機能を活用し、重要事項の伝達漏れを防ぐ。
- 労務担当者は「管理」ではなく「支援」のスタンスで、チャット相談窓口を開設する。
STEP3:勤怠管理のデジタル化による労働時間のリアルタイム把握
ICカードリーダー、顔認証システム、GPS打刻などを現場に設置し、客観的な記録による勤怠管理を徹底します。これにより、労働基準法施行規則で求められる「客観的な方法による労働時間の把握」を遵守できます。
リアルタイムにデータが可視化されることで、月半ばの段階で「36協定」の上限に近づいている社員を特定し、業務調整を行うことが可能です。これは事後報告では不可能な、コンプライアンスリスクを回避する攻めの管理手法です。

STEP4:現場担当者(職長・監督)への労務教育と意識改革
ツールや仕組みを定着させるためには、現場のキーマンへの教育が不可欠です。現場監督や職長に対し、以下のポイントを重点的に教育します。
- 現場教育で伝えるべき3つのポイント
- 法改正の理解
なぜ時間管理が厳しくなったのか(2024年問題の背景と罰則規定)。 - リスクの共有
労務管理の不備が、指名停止や社会的信用の失墜につながり、会社の存続に関わること。 - メリットの提示
正しい労務管理が、結果として自分たちの給与や休暇を守り、働きやすい環境を作ること。
- 法改正の理解
自社に合った労務体制を構築するための比較検討
建設会社の規模や業態によって、最適な労務体制は異なります。ここでは、社内リソースで対応する場合、システムを導入する場合、アウトソーシングする場合の3パターンを比較します。
社内リソースで対応する場合のメリット・デメリット
既存の総務・経理担当者が労務を兼任するパターンです。
- メリット
追加の外部コストがかからず、社内事情に精通した人間が対応できるため柔軟性が高いです。 - デメリット
法改正への対応遅れや、担当者の退職によるブラックボックス化のリスクがあります。業務負荷が高まりやすい点も懸念材料です。
社会保険労務士(社労士)やBPOへアウトソーシングする場合
専門家に業務を委託するパターンです。
- メリット
常に最新の法令に基づいた正確な処理が可能です。複雑な助成金の申請なども任せられます。 - デメリット
委託コストが発生します。社内にノウハウが蓄積されにくく、現場の細かいニュアンスが伝わりにくい場合があります。
労務管理システム導入時の選定ポイント
システム導入は、自社対応と効率化のハイブリッド案です。
- 建設業特有の商習慣に対応しているか(日当計算、現場ごとの労災管理など)。
- スマホでの操作性(職人が現場で簡単に操作できるか)。
- サポート体制(導入時の設定支援や運用サポートがあるか)。
以下の表は、各パターンのコスト、スピード、専門性を比較したマトリクスです。
| 比較項目 | 社内リソース対応 | システム導入 | アウトソーシング(社労士等) |
|---|---|---|---|
| 初期コスト | 低 | 中 | 低~中 |
| ランニングコスト | 人件費のみ | 月額利用料 | 委託顧問料 |
| 業務スピード | 担当者の能力に依存 | 高(自動化により最速) | 相手の納期に依存 |
| 法改正対応 | 担当者の学習が必要 | アップデートで自動対応 | 高(専門家が対応) |
| 現場との連携 | 密に可能だが手間がかかる | 非常にスムーズ | 間接的になりがち |
まとめ:労務と現場の双方向コミュニケーションが建設業の未来を拓く
建設業における労務管理は、もはや「面倒な事務処理」ではなく、企業の利益と従業員の生活を守るための戦略的な機能です。
「2024年問題」をはじめとする課題を解決するためには、システムによる効率化も重要ですが、根本にあるのは「現場」と「労務部門」の相互理解です。現場はルールを守り、労務は現場を支援する。この双方向のコミュニケーションと信頼関係が構築されたとき、建設会社は法令遵守だけでなく、生産性の向上と人材定着という大きな果実を得ることができます。
まずは自社の現状におけるギャップを認識し、できるところから連携の仕組みを見直していくことが推奨されます。
よくある質問
ここでは、建設業の労務管理に関してよく寄せられる疑問に回答します。
Q1. 建設業の労務管理で最も注意すべき点は何ですか?
「労働時間の適正な把握」と「下請け企業を含めた法令遵守」です。
特に建設業は直行直帰が多く、労働時間が見えにくいため、客観的な記録(ICカードやGPS打刻など)を残すことが重要です。また、元請けとしての責任として、協力会社の社会保険加入状況や安全書類の不備がないかを管理・指導する義務があります。
Q2. 現場が忙しくて労務の手続きに協力してくれない場合はどうすればよいですか?
現場の負担を極限まで減らすツールの導入と、メリットの提示が必要です。
スマホで数タップで終わる勤怠システムの導入や、安全書類のデータ化を進めましょう。また、「書類不備があると現場が止まる可能性がある」「正しく申請することで労災時の対応が早くなる」といった、現場にとっての具体的なメリットを説明し、協力を仰ぐ姿勢が大切です。
Q3. 小規模な建設会社でも労務管理システムは必要ですか?
従業員数名〜数十名の規模でも、導入するメリットは非常に大きいです。
専任の労務担当者を雇うコストに比べれば、月額数万円のシステム利用料は安価です。また、社長や現場監督が事務作業に費やしている時間を削減し、本業や営業活動に充てることができるため、経営効率の観点からも早期の導入をおすすめします。





