建設業における労務担当者の役割と求められる力とは?

この記事の要約
- 建設業の労務管理が他業種より複雑な理由
- 労務担当者が担う5大業務と建設業特有の作業
- 現場と会社を繋ぐ労務担当者に必須の3大スキル
建設業で「労務」管理が特に重要な理由
建設業界は、他業種と比べて労働環境や雇用形態が特殊であり、労務管理の重要性が非常に高くなっています。まずは、なぜ建設業で労務担当者の役割が不可欠なのか、その背景を解説します。適切な労務管理は、法令遵守だけでなく、労働災害の防止、人材の定着、ひいては企業の経営基盤安定化に直結する重要な業務です。
他業種とは異なる建設業の特殊性
建設業の労務管理が複雑とされるのは、業界特有の事情がいくつも重なっているためです。これらの特殊性を理解することが、適切な管理の第一歩となります。
・ 現場作業員の多様な雇用形態: 正社員だけでなく、日雇い、期間契約、一人親方、協力会社(下請け)の作業員など、多様な立場の人が同じ現場で働きます。それぞれ適用されるルールや保険が異なるため、管理が複雑化します。
・ 天候や工期に左右される不規則な労働時間: 屋外作業が多いため天候によって作業が中止・延期になったり、工期厳守のために特定の時期に残業が集中したりと、労働時間が不規則になりがちです。
・ 重層的な下請け構造による複雑な管理体制: プロジェクトは通常、元請けから一次下請け、二次下請けへと業務が発注されます。元請け企業は、自社の従業員だけでなく、下請け企業の作業員の安全衛生や労務状況もある程度把握・指導する必要があります。
・ 労働災害リスクの高さと安全衛生管理の徹底: 高所作業や重機の使用など危険を伴う作業が多く、他業種に比べて労働災害の発生率が高い傾向にあります。そのため、労働安全衛生法に基づく徹底した管理が求められます。
・ 全国各地の現場への対応: プロジェクトごとに現場が変わり、時には全国各地に出張・赴任します。現場ごとの勤怠管理や、地域によって異なる(最低賃金などの)ルールへの対応が必要です。
労務管理が企業経営に与える影響
建設業において労務管理の不備は、単なる手続き上の問題に留まりません。ずさんな管理は、企業経営そのものを揺るがす深刻なリスクを引き起こします。
例えば、不正確な残業代の支払いや社会保険の未加入は、労働基準監督署による是正勧告や追徴金の対象となります。重大な労働災害が発生すれば、企業の信用失墜や公共工事の指名停止処分につながる可能性もあります。
さらに、2024年4月から建設業にも適用された時間外労働の上限規制(いわゆる2024年問題)への対応が不十分な場合、法律違反となるだけでなく、従業員の離職が加速し、人材不足がさらに深刻化する恐れがあります。適切な労務管理は、企業を守る「守りの経営」であると同時に、人材を確保・育成する「攻めの経営」の土台でもあるのです。
建設業の労務担当者の主な役割と仕事内容
建設業の労務担当者は、日々発生する事務処理から現場の安全管理サポートまで、非常に多岐にわたる業務を担います。ここでは、主な役割と具体的な仕事内容を、建設業特有のポイントと合わせて解説します。これらの業務は相互に関連しており、全体を俯瞰する視点が必要です。

以下に、建設業の労務担当者が担う主な仕事内容を表にまとめます。
表:建設業の労務担当者の主な業務内容と特有のポイント
| 業務カテゴリ | 主な仕事内容 | 建設業特有のポイント |
|---|---|---|
| 勤怠・給与 | ・勤怠管理(現場ごとの打刻確認、残業計算) ・給与計算、明細発行 ・年末調整 |
・現場ごとの移動時間や休憩時間の取り扱い ・日給月給制、日給制など多様な給与体系への対応 ・直行直帰や出張時の勤怠把握 |
| 保険手続 | ・社会保険(健康保険、厚生年金)の加入・喪失手続 ・労働保険(雇用保険、労災保険)の年度更新、手続 |
・現場労災(元請一括)の適切な処理と報告 ・一人親方の労災特別加入の管理サポート ・下請け企業の保険加入状況の確認(指導) |
| 安全衛生 | ・安全衛生委員会の運営サポート ・健康診断(一般、特殊)の実施・管理 ・36協定の締結・届出 ・安全書類(グリーンファイル)の作成・管理支援 |
・現場の安全パトロールへの同行や指摘事項の管理 ・ストレスチェックの実施と高ストレス者への対応 ・新規入場者教育の資料作成サポート |
| 人員管理 | ・入退社手続、労働契約書の作成 ・作業員名簿の作成・更新 ・就業規則の整備・運用(法改正対応) |
・現場への新規入場者教育のサポート ・技能実習生や特定技能外国人の労務管理 ・建設キャリアアップシステム(CCUS)の登録・運用支援 |
| 環境整備 | ・労働環境の改善提案(ハラスメント防止含む) ・ハラスメント相談窓口の設置・運用 ・福利厚生制度の運用 |
・現場の仮設事務所や休憩所、トイレの環境チェック ・職長や現場代理人との定期的な連携・ヒアリング |
勤怠管理と給与計算
建設業の勤怠管理は、現場が分散しているため特に複雑です。タイムカードが現場ごとに設置されたり、近年ではスマートフォンアプリによる打刻が導入されたりしています。労務担当者は、これらのデータを集約し、各従業員の労働時間を正確に把握する必要があります。
特に、現場への移動時間や早朝からの準備時間、残業時間の計算は厳密に行わなければなりません。日給月給制や出来高払いなど、従業員によって異なる給与体系に対応し、各種手当(現場手当、出張手当など)を含めた給与計算をミスなく行うことが求められます。
社会保険・労働保険の手続き
従業員の入退社に伴う社会保険(健康保険、厚生年金)や雇用保険の手続きは、労務の基本的な業務です。建設業で特に重要なのが労災保険です。
自社の従業員だけでなく、元請けとして現場全体の労災保険(現場労災)を一括して加入・申請する手続きが発生します。また、下請けに一人親方がいる場合、その人が労災保険に特別加入しているかを確認・指導することも、安全配慮義務の観点から重要になります。年に一度の労働保険料の申告(年度更新)も、建設業特有の計算方法を理解して行う必要があります。
安全衛生管理とコンプライアンス遵守
労働災害のリスクが高い建設業において、安全衛生管理は労務担当者の最重要任務の一つです。労働安全衛生法に基づき、安全衛生委員会の運営をサポートし、従業員の健康診断(粉じん作業などがある場合は特殊健康診断も)を確実に実施させます。
また、時間外労働の上限規制(36協定)の遵守は、現代の労務管理における最大の課題です。労務担当者は、現場の労働時間の実態を把握し、法律違反が起きないよう現場監督や経営層に警告し、改善策を講じる役割を担います。
[出典:厚生労働省「建設業の時間外労働の上限規制」]
現場作業員の入退場管理サポート
元請け企業の労務担当者は、自社の従業員だけでなく、現場に出入りするすべての下請け作業員の管理にも間接的に関わります。具体的には、下請け企業から作業員名簿や社会保険の加入状況がわかる書類(安全書類の一部)を提出させ、内容を確認・管理します。
これは、建設業法に基づく適正な施工体制の確保と、万が一の事故発生時に備えるために不可欠な業務です。近年は、建設キャリアアップシステム(CCUS)を利用した入退場管理も増えており、その運用サポートも労務の仕事となる場合があります。
建設業の労務担当者に求められる3つの力(スキル)
建設業で労務担当者として活躍するためには、一般的な事務スキルに加え、業界特有の環境に対応するための専門的なスキルセットが求められます。ここでは、特に重要とされる3つの力(スキル)を解説します。これらのスキルは、日々の実務を通じて磨かれていくものです。

1. 専門知識:建設業関連の労働法規
最も基本かつ重要なスキルが、法律に関する専門知識です。労務管理の根幹となる労働基準法や労働安全衛生法はもちろんのこと、建設業特有のルールを定めた建設業法、さらには社会保険(健康保険法、厚生年金保険法)や労働保険(労災保険法、雇用保険法)まで、幅広く正確な知識が求められます。
これらの法律は頻繁に改正されます(例:時間外労働の上限規制、有給休暇の取得義務化など)。常に最新情報をキャッチアップし、自社の就業規則や運用ルールに反映させていく学習意欲と情報収集能力が不可欠です。
2. 事務処理能力:正確性とスピード
労務の仕事は、従業員の生活に直結する「給与」や「保険」を扱います。給与計算の1円の間違いや、保険手続きの遅延が、従業員の会社に対する不信感に直結します。そのため、膨大な量のデータを迅速かつ「絶対に間違えない」という高い正確性で処理する事務処理能力が必須です。
Excelでのデータ集計や関数操作、専用の給与計算ソフトや労務管理システムを使いこなすPCスキルも、業務効率化のために重要となります。
3. 対人能力:現場と経営層をつなぐ調整力
労務担当者は、非常に多くの人と関わる「調整役」です。現場の作業員や職長からは勤怠や給与に関する問い合わせを受け、現場監督とは労働時間の管理や安全書類について連携し、経営層には労務リスクや法改正対応について報告・提案します。
時には、現場の「工期を優先したい」という意向と、本社の「コンプライアンスを守りたい」という意向が対立することもあります。それぞれの立場や意図を正確に汲み取り、法律というルールに基づきながら、粘り強く説明し、円滑に業務を進める高いコミュニケーション能力と調整力が求められます。
労務担当者が抱えがちな不安と対策
建設業の労務担当者は、専門性が高く責任も重いため、特有の不安や悩みを抱えがちです。これから労務担当者を目指す方や、現在担当していて困難を感じている方へ、よくある悩みとその具体的な対策を紹介します。不安を解消し、適切に対処することが重要です。
不安1:法律が難しく、ミスが怖い
労働法規は複雑で、解釈が難しいケースも多々あります。特に給与計算や保険手続きでのミスは許されないというプレッシャーは大きいものです。
- 「法律・ミスが怖い」ときの対策
・ すべてを暗記しようとしない: 法律の条文を丸暗記する必要はありません。重要なのは「信頼できる情報源をすぐ参照できる状態にしておく」ことです。厚生労働省のウェブサイトやQ&A集、最新の専門書を手元に置きましょう。
・ 外部リソースを積極的に活用する: 社内だけで解決しようとせず、顧問の社会保険労務士(社労士)や、地域の労働基準監督署、ハローワークなどに積極的に相談しましょう。
・ ダブルチェック体制の構築: 給与計算や重要な手続きは、必ず他の人にもチェックしてもらう体制を構築し、ミスを組織的に防ぐ仕組みを作ることが効果的です。
・ 社内研修や外部セミナーの活用: 法改正のタイミングや、専門知識を深めるために、セミナーや勉強会に積極的に参加し、知識をアップデートし続けましょう。
不安2:現場の理解を得るのが難しい
本社で労務管理を行う担当者と、工期や天候と戦う現場との間には、時に意識のギャップが生まれます。「ルールが厳しすぎる」「書類が多すぎる」と、現場から反発を受けることも少なくありません。
- 「現場の理解を得るのが難しい」ときの対策
・ ルールの「目的」を丁寧に説明する: 頭ごなしに「法律で決まっているので」とルールを押し付けるだけでは、現場の協力は得られません。なぜそのルールが必要なのか(例:「皆さんの安全を守るため」「会社が法律違反で罰せられ、仕事が受注できなくなるのを防ぐため」)を、現場の言葉で粘り強く説明することが重要です。
・ 定期的に現場に足を運ぶ: オフィスにいるだけでなく、可能な限り現場に足を運び、現場の実情や雰囲気、作業員の生の声を聞くよう努めましょう。現場を理解しようとする姿勢が、信頼関係の構築につながります。
・ 現場監督や職長を味方につける: 現場で影響力を持つ現場監督や職長と日頃から良好な関係を築き、労務管理の重要性を理解してもらうことが、現場全体への浸透の鍵となります。彼らに協力を仰ぎ、現場のリーダーとして動いてもらうよう働きかけましょう。
まとめ:建設業の「労務」は企業の基盤を支える重要なポジション
本記事では、建設業における労務担当者の役割と求められる力について、その特殊性や具体的な業務内容を交えて解説しました。
建設業の労務担当者は、勤怠管理や保険手続きといった日常業務から、安全衛生管理、コンプライアンス遵守といった企業経営の根幹に関わる重要な役割までを担います。
- 建設業の労務担当者に求められるもの
・ 専門知識:建設業関連の法規(労働基準法、安全衛生法、建設業法など)を深く理解している。
・ 正確な事務処理能力:給与計算や保険手続きなど、ミスが許されない業務を迅速かつ正確に処理できる。
・ 高度な対人調整力:現場の作業員、現場監督、経営層など、多様な立場の人々と円滑に連携できる。
適切な労務管理を徹底することは、単に法律を守るだけでなく、従業員が安全かつ安心して働ける環境を整備し、人材の定着を促進し、ひいては企業の持続的な成長を支える強固な基盤となります。建設業における労務は、まさに企業の「要」となるポジションと言えるでしょう。
建設業の労務に関するよくある質問
Q1. 労務担当者になるために必須の資格はありますか?
A1. 必須の国家資格はありません。しかし、業務に関連する知識を証明し、スキルアップに役立つ資格はあります。代表的なものに、労務管理全般の専門家である「社会保険労務士」や、現場の安全衛生管理体制に必要な「衛生管理者(第一種または第二種)」、建設業の経理知識も併せ持つ「建設業経理士」などがあります。これらの資格取得を通じて得た知識は、実務で大いに役立ちます。
Q2. 未経験から建設業の労務担当者になるのは難しいですか?
A2. 未経験からでも挑戦することは可能です。ただし、建設業の特殊性(現場作業、重層下請け構造、関連法規など)を学ぶ強い意欲が求められます。最初はアシスタントとして、給与計算や保険手続きの補助など、定型的な業務から実務経験を積むのが一般的です。他業種での総務や経理の経験も、労務の仕事に活かせる部分が多くあります。
Q3. 労務管理システムを導入するメリットは何ですか?
A3. 建設業の複雑な労務管理において、システム導入には大きなメリットがあります。主なメリットは以下の3点です。
・ 1. 業務効率化: 勤怠管理、給与計算、社会保険手続きなどを一元管理し、データ連携させることで、手作業による入力ミスや二度手間を大幅に削減できます。
・ 2. コンプライアンス強化: 労働時間をリアルタイムで可視化できるため、長時間労働の早期発見や是正(アラート機能など)に役立ちます。
・ 3. 法改正への対応: システム側が自動で法改正(保険料率の変更など)に対応してくれるため、担当者の負担軽減と対応漏れのリスク回避につながります。




