一人親方との契約で知っておくべき法的注意点とは?

この記事の要約
- 一人親方との契約は実態により請負・委任・雇用に分類される
- 偽装請負と判断されると多額の追徴金や罰則のリスクがある
- トラブル回避には建設業法や下請法に則った書面契約が必須
- 目次
- 一人親方との契約に関わる法律の基礎知識と契約形態
- 請負契約・委任契約・準委任契約の違い
- 業務委託契約と雇用契約の法的な境界線
- 建設業法や民法における契約書の重要性
- 法律違反となる「偽装請負」のリスクと判断基準
- 偽装請負とみなされる具体的な判断要素
- 偽装請負が発覚した場合の法的ペナルティ
- 労働基準法や下請法など、押さえておくべき関連法律
- 労働関係法令の適用除外とその注意点
- 下請法(下請代金支払遅延等防止法)の遵守事項
- 労働安全衛生法における発注者の責務
- トラブルを未然に防ぐための法律に則った契約書作成と管理
- 契約書に必ず盛り込むべき条項
- 指揮命令権の所在を明確にする運用ルール
- インボイス制度導入に伴う契約上の注意点
- 雇用契約と業務委託契約の法律上の違いとメリット・デメリット
- コストと責任範囲の比較検討
- 読者が抱える不安:責任の所在はどこまで及ぶか
- まとめ
- よくある質問
- Q1. 一人親方に残業代を支払う必要はありますか?
- Q2. 契約書を作成せず口頭で発注しても法律上問題ないですか?
- Q3. 一人親方が現場で怪我をした場合、会社の労災保険は使えますか?
- Q4. 指示出しを厳しくすると法律違反になりますか?
一人親方との契約に関わる法律の基礎知識と契約形態
一人親方との取引は、ビジネス慣習として「業務委託」や「外注」と呼ばれますが、法律の世界ではその実態に応じて厳密に区別されます。契約の種類によって、仕事の完成義務や責任範囲、報酬の支払い条件が大きく異なるため、まずは民法上の契約定義を正しく理解することが、法的トラブルを避ける第一歩となります。
請負契約・委任契約・準委任契約の違い
一人親方との間で交わされる契約は、民法上、主に以下の3つに分類されます。それぞれの定義と責任範囲を把握しておくことが重要です。
- 主な契約形態と特徴
- 請負契約
仕事の「完成」を目的とする契約。建設業の一人親方との契約の多くはこれに該当します。 - 委任契約(法律行為)/準委任契約(事実行為)
業務の「遂行」自体を目的とする契約。仕事の完成責任は負いませんが、プロとして通常期待される善管注意義務が課されます。
- 請負契約
| 契約形態 | 定義 | 報酬の対価 | 瑕疵担保責任(契約不適合責任) |
|---|---|---|---|
| 請負契約 | 仕事の「完成」を約束する契約 | 成果物の完成に対して支払われる | あり |
| 委任・準委任契約 | 一定の事務処理を行うことを約束する契約 | 業務の遂行自体に対して支払われる | 原則なし(善管注意義務あり) |
| 雇用契約 | 労働者が使用者の指揮命令下で働く契約 | 労働時間・労務提供に対して支払われる | なし(労働基準法が適用) |
[出典:民法]

業務委託契約と雇用契約の法的な境界線
形式上「業務委託契約書」を締結していても、実態が「労働者」であると判断されるリスクがあります。これを偽装請負と呼びます。法律上の判断基準となるのは使用従属性です。
- 使用従属性の判断ポイント
- 指揮監督下の労働
仕事の依頼に対し諾否の自由があるか、業務遂行において具体的な指揮命令を受けているか。 - 報酬の労務対償性
報酬が成果物ではなく、労働した時間に対して支払われていないか。
- 指揮監督下の労働
建設業法や民法における契約書の重要性
契約は口頭でも成立しますが(諾成契約)、建設業法第19条では、建設工事の請負契約において書面の交付(または電磁的措置)が義務付けられています。
- 書面契約が必須とされる理由
- 言った言わないのトラブル防止
工事範囲や追加工事の費用負担についての紛争を防ぐため。 - 業法違反の回避
建設業法の規定に従わない場合、監督処分の対象となる可能性があるため。 - 実態の証明
税務調査や労働基準監督署の調査が入った際、適正な請負契約であることを証明する証拠となるため。
- 言った言わないのトラブル防止
法律違反となる「偽装請負」のリスクと判断基準
一人親方との契約において最大のリスクといえるのが「偽装請負」です。これは、契約形式は請負(業務委託)でありながら、実態は労働者派遣や直接雇用と同じ状態で働かせている違法状態を指します。もし偽装請負と認定されると、労働関係法令や税法上の重大なペナルティが課されるため、厚生労働省のガイドラインに基づいた厳格な運用が求められます。
偽装請負とみなされる具体的な判断要素
厚生労働省の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」などを基に、どのような状態が偽装請負(実質的な労働者)とみなされるかのチェックポイントを整理します。以下の要素が強いほど、雇用関係があると判断される可能性が高まります。
- 指揮命令権の有無
発注者が業務の遂行方法や手順について詳細な指示を行っている、あるいは始業・終業時刻や休憩時間を管理している場合。 - 器具・機械の負担区分
業務に必要な高価な機械や資材を、すべて発注者が無償で貸与しており、一人親方側の負担がない場合。 - 報酬の算定方法
「日当×日数」や「時給」で計算され、成果物の完成度に関わらず支払われている場合。 - 専属性の程度
特定の企業の仕事しかできないように拘束されており、他社の業務を受注する自由がない場合。
偽装請負が発覚した場合の法的ペナルティ
偽装請負と認定された場合、発注者(元請企業)は以下のような法的責任を問われます。
- 偽装請負による主なリスク
- 労働基準法違反の責任
実質的な雇用関係があるとみなされるため、過去に遡って残業代の未払いや有給休暇の付与義務が発生します。 - 労働契約申込みみなし制度の適用
違法派遣(偽装請負を含む)を受け入れていた場合、発注者がその労働者に対して、直接雇用の申し込みをしたものとみなされる制度です。 - 行政指導や企業名の公表リスク
労働局からの是正勧告や指導が行われます。悪質な場合は企業名が公表され、社会的信用を失う恐れがあります。
- 労働基準法違反の責任
労働基準法や下請法など、押さえておくべき関連法律
一人親方との契約では、民法だけでなく、労働基準法、下請法、労働安全衛生法といった複数の法律が関係します。特に一人親方は「個人事業主」としての側面と、現場での「作業者」としての側面を併せ持つため、どの法律が適用され、どの法律が適用除外となるのかを正確に把握しておく必要があります。
労働関係法令の適用除外とその注意点
原則として、一人親方は独立した個人事業主であるため、労働基準法や労働組合法などの労働関係法令は適用されません。
- 労働時間・休日の規制なし
法定労働時間(1日8時間・週40時間)や割増賃金(残業代)の規定は適用されません。 - 解雇予告の適用なし
労働契約ではないため、解雇予告手当なども発生しません。
ただし、前述の通り、実態が「労働者」であると判断された場合は、これらの法令がすべて適用されます。契約名称にかかわらず「実態」が優先されるのが労働法の原則です。
下請法(下請代金支払遅延等防止法)の遵守事項
発注者の資本金が1,000万円を超え、一人親方(資本金1,000万円以下)に建設工事以外の業務(例えば設計図の作成や修理業務など)を委託する場合など、取引内容によっては下請法が適用されることがあります。
| 区分 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 義務 |
|
| 禁止事項 |
|
[出典:公正取引委員会 下請法ガイドブック]
労働安全衛生法における発注者の責務
一人親方は労働者ではないため、元請企業の労災保険は原則適用されませんが、労働安全衛生法においては、同じ現場で働く者として保護の対象となります。
特定元方事業者(元請)は、関係請負人(一人親方含む)の労働者が混在して作業を行う場所において、労働災害を防止するための措置(統括管理)を講じる義務があります。もし現場で事故が発生した場合、元請企業が安全配慮義務違反に問われ、損害賠償請求を受ける可能性があります。
トラブルを未然に防ぐための法律に則った契約書作成と管理
法的リスクを最小限に抑えるためには、適切な契約書の作成と、実態に即した運用管理が不可欠です。契約書は単なる形式ではなく、万が一のトラブルの際に自社を守る盾となります。ここでは、契約書に必須の条項や、インボイス制度などの新しい法制度への対応について解説します。

契約書に必ず盛り込むべき条項
トラブルを防ぐため、以下の法的要件を契約書に明記します。
- 契約書の必須チェックリスト
- 業務内容の明確化
「一式」などの曖昧な表現を避け、具体的な作業範囲を特定します。 - 報酬の額・支払時期・支払方法
検収完了から支払いまでの期間や、振込手数料の負担区分を明記します。 - 再委託の可否
一人親方がさらに別の業者へ丸投げすることを禁止するか、承諾制にするかを定めます。 - 契約解除の条件
納期遅延や契約違反があった場合の解除権について定めます。 - 損害賠償の範囲
第三者への損害や目的物の滅失時の賠償責任について定めます。 - 労災保険の特別加入の確認
一人親方が特別加入制度に加入していることを表明・保証させる条項を入れます。
- 業務内容の明確化
指揮命令権の所在を明確にする運用ルール
契約書等の書面だけでなく、日々の現場運用において「指揮命令」と捉えられないためのコミュニケーション方法や指示の出し方が重要です。
- 「作業指示」ではなく「注文・依頼」を行う
「〇〇をやってください」という具体的な作業命令ではなく、「納期までに図面通りの状態に仕上げてください」という成果への要求を行います。 - 混在作業時の区別
社員と一人親方を明確に区別し、一人親方に対して社員と同じような朝礼出席の強制や、細かな服務規律の適用を行わないようにします。
インボイス制度導入に伴う契約上の注意点
消費税法に関連して、インボイス制度(適格請求書等保存方式)への対応が契約や報酬設定に影響します。
- 消費税額の明示
報酬に含まれる消費税額を明確にします。 - 独占禁止法・下請法への配慮
免税事業者であることを理由に、一方的に消費税相当額を減額したり、取引停止を示唆したりすることは、独占禁止法や下請法違反となる恐れがあるため、十分な協議が必要です。
雇用契約と業務委託契約の法律上の違いとメリット・デメリット
発注者としては、コスト削減や柔軟な人員確保のために一人親方(業務委託)を選択することが多いですが、法的責任の範囲には大きな違いがあります。ここでは、雇用と業務委託のメリット・デメリットを比較し、責任の所在について解説します。
コストと責任範囲の比較検討
一人親方との契約(業務委託)と、従業員としての雇用契約には、社会保険料や管理コストの面で明確な違いがあります。
| 項目 | 一人親方(業務委託) | 従業員(雇用) |
|---|---|---|
| 社会保険料の負担 | 原則なし(自己負担) | 会社負担あり(折半) |
| 労働時間管理 | 適用外 | 厳格な管理が必要 |
| 解約・解雇の自由度 | 契約内容に基づく | 法的に厳しく制限される |
| 業務の強制力 | 指揮命令権なし | 指揮命令権あり |
読者が抱える不安:責任の所在はどこまで及ぶか
一人親方との契約において、発注者が最も懸念するのは「何かあったときの責任」です。
- 第三者に損害を与えた場合
民法第716条により、注文者は請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を原則負いません。ただし、注文や指図に過失があった場合は責任を問われます。 - 納期が遅れた場合
請負契約における契約不適合責任や債務不履行責任に基づき、一人親方に対して損害賠償請求や契約解除が可能です。
まとめ
一人親方との契約において、最も重要なのは「実態に即した契約形態の選択」と「関連法律の遵守」です。安易に業務委託契約を結ぶことは、偽装請負や労働法違反といった重大なリスクを招く可能性があります。下請法や労働安全衛生法などの規制を正しく理解し、適切な契約書を作成・運用することで、双方にとって健全なビジネスパートナー関係を築くことができます。
よくある質問
Q1. 一人親方に残業代を支払う必要はありますか?
原則として、請負契約や準委任契約であれば労働基準法の適用外となるため、残業代という概念はなく、支払う必要はありません。ただし、実態が雇用とみなされる(偽装請負)場合は、未払い残業代を請求される法的リスクがあります。
Q2. 契約書を作成せず口頭で発注しても法律上問題ないですか?
契約自体は口頭でも成立しますが、建設業法では書面契約が義務付けられています。また、下請法が適用される取引でも書面の交付義務があります。言った言わないのトラブルを防ぐためにも、必ず契約書を作成すべきです。
Q3. 一人親方が現場で怪我をした場合、会社の労災保険は使えますか?
原則として、一人親方は労働者ではないため、元請企業の労災保険は適用されません。一人親方自身が「労災保険特別加入制度」に加入している必要があります。契約時に加入状況を確認することが重要です。
Q4. 指示出しを厳しくすると法律違反になりますか?
業務の遂行方法や労働時間に関して細かく指示・管理を行うと、「指揮命令権がある」とみなされ、偽装請負(法律違反)と判断される可能性が高まります。注文者はあくまで「仕事の完成」や「成果」に対して要求を行うべきです。





