中小建設企業がDXを始める前に整えるべきこととは?

この記事の要約
- 建設業DXは高価なITツール導入の前に「土台整備」が必須
- DX成功の鍵は経営層のビジョン明確化と業務の可視化
- DXとIT化の違いを理解し、自社に合うITツールを選ぶ
- 目次
- なぜ今、中小建設企業に「建設DX」が必要なのか?
- 深刻化する人手不足と「2024年問題」
- 働き方改革の推進と生産性向上の必要性
- IT技術の活用による競争力の確保と企業価値の向上
- 混同しやすい「DX」と「IT化」の違いを明確にしよう
- IT化(デジタイゼーション):既存業務のデジタル置き換え
- DX(デジタルトランスフォーメーション):ITを活用したビジネスモデル・組織の変革
- 【比較】IT化とDXの違い
- 建設業のDX推進を阻む「よくある不安」と失敗の芽
- 中小建設企業がDXを始める前に整えるべき「3つの土台」
- 1. 経営層の意識改革と「DXの目的・ビジョン」の明確化
- 2. 既存業務の「棚卸し」と「可視化」
- 3. DX推進体制の構築と「スモールスタート」の合意形成
- 土台が整ったら考えるべき「ITツール・DX」の選定ステップ
- 目的(解決したい課題)から逆算してツールを選ぶ
- 現場が使いこなせるか?(操作性とサポート体制の重視)
- 中小企業でも導入しやすい「クラウド型(SaaS)」の検討
- まとめ:建設業のDX成功は「IT導入前の準備」で決まる
- 建設業のDXとIT活用に関する「よくある質問」
なぜ今、中小建設企業に「建設DX」が必要なのか?
建設業界は、長らく「人手」に依存する構造が続いてきました。しかし、社会情勢の変化により、従来のやり方だけでは立ち行かなくなりつつあります。中小建設企業が生き残るために、なぜ今DX(デジタルトランスフォーメーション)が求められているのか、その背景を整理します。特に「2024年問題」への対応は喫緊の課題であり、IT技術を活用したDX推進は、もはや選択ではなく必須の経営戦略となりつつあります。
深刻化する人手不足と「2024年問題」
建設業界は、他産業と比較しても高齢化が著しく、若年層の入職者減少による深刻な人手不足に直面しています。熟練技術者のノウハウや技能が若手に受け継がれない「技術承継」の問題も深刻です。
さらに、2024年4月から建設業にも「時間外労働の上限規制」が適用されました(通称:2024年問題)。
[出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務」]
これまで長時間労働によってカバーされてきた業務も、法規制によって根本的な見直しを迫られています。限られた人員と労働時間の中で従来の生産性を維持、あるいは向上させるためには、ITやデジタル技術を活用した業務効率化(DX)が不可欠です。
働き方改革の推進と生産性向上の必要性
「2024年問題」への対応と直結しますが、建設業界は「きつい・汚い・危険(3K)」といったイメージが根強く、若手人材の確保が困難な状況が続いています。魅力ある職場環境を実現し、人材を確保・定着させるためにも、働き方改革の推進が急務です。
例えば、以下のようなアナログ業務が生産性を低下させる要因となっています。
・現場と事務所間での電話やFAXによる煩雑な情報伝達
・紙図面の持ち運び、修正箇所の赤入れと再配布
・日報や報告書の手書き作成と、事務所での二重入力
ITツールの導入による現場の残業削減、休暇の取得促進、事務作業の効率化(自動化)は、従業員の待遇改善や労働環境の整備につながり、結果として企業の持続的な成長を支えます。
[出典:国土交通省「建設業における働き方改革」]
IT技術の活用による競争力の確保と企業価値の向上
顧客(発注者)や協力会社とのやり取りにおいても、デジタル化の波は加速しています。図面や各種書類の電子的なやり取りは一般化しつつあり、BIM/CIM(※)といった3次元モデルの活用も進んでいます。(※Building / Construction Information Modeling)
アナログな手法に固執することは、業務効率の低下を招くだけでなく、取引先とのスムーズな連携を阻害する要因にもなりかねません。中小建設企業であっても、適切にIT技術を導入し、DXを推進することで業務品質を高め、競争力を確保し、ひいては企業価値全体の向上につなげることが可能です。
混同しやすい「DX」と「IT化」の違いを明確にしよう
DXを進めようとする際、多くの企業が「DX=高価なITツールを導入すること」と誤解しがちです。しかし、「IT化」と「DX」は目的が異なります。経済産業省が策定した『デジタルガバナンス・コード2.0(旧DX推進ガイドライン)』でも、単なるIT導入とDXは区別されています。この違いを理解することが、DXの第一歩です。目的を履き違えると、ツールを導入しただけで満足してしまい、本来目指すべき変革にたどり着けません。
[出典:経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」]
IT化(デジタイゼーション):既存業務のデジタル置き換え
- 定義
IT化(デジタイゼーション)とは、既存の業務プロセスは変えずに、アナログな手段(紙、電話、FAXなど)をデジタル技術に置き換えることです。「守りのIT」とも呼ばれ、主に業務効率化やコスト削減を目的とします。
- 建設業における具体例
・紙の図面をスキャンしてPDFデータで管理する
・手書きの日報をExcelやスプレッドシートに入力する
・電話やFAXで行っていた受発注をメールや専用システムに切り替える
これらはDXの前提となる重要なステップですが、IT化自体がゴールではありません。
DX(デジタルトランスフォーメーション):ITを活用したビジネスモデル・組織の変革
- 定義
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、IT化によって得られたデジタルデータを活用し、業務プロセスそのものや、時にはビジネスモデル、組織文化までをも根本から変革することです。「攻めのIT」とも呼ばれ、新たな価値の創出や競争優位性の確立を目的とします。
- 建設業における具体例
・PDF化された図面をクラウドで全関係者(現場、事務所、協力会社)とリアルタイムに共有し、修正履歴も一元管理することで、手戻りや伝達ミスを根本からなくす仕組みを構築する
・現場でデジタル入力された日報データを自動で集計・分析し、工事の正確な進捗や原価をリアルタイムで可視化し、経営判断や次の見積もり精度を向上させる
【比較】IT化とDXの違い
「IT化」と「DX」の違いを以下の表に整理します。中小建設企業が目指すべきは、単なるIT化(部分最適)にとどまらず、その先のDX(全体変革)であると認識することが重要です。
| 比較項目 | IT化 (Digitization) | DX (Digital Transformation) |
|---|---|---|
| 目的 | 業務の効率化、コスト削減(守り) | 新たな価値の創出、競争優位性の確立(攻め) |
| 手段 | ITツールの導入(例:紙の図面をPDF化) | ITデータを活用したプロセス全体の変革 |
| 主体 | 情報システム部門、現場担当者 | 経営層、全社的な取り組み |
| 焦点 | 「部分」の最適化 | 「全体」の変革 |
建設業のDX推進を阻む「よくある不安」と失敗の芽
DXの必要性はわかっていても、中小企業ならではの障壁が存在します。DXを始める前に、経営者や担当者が抱えがちな不安を直視し、失敗の要因をあらかじめ取り除いておくことが重要です。これらの不安要素を解消しないままITツール導入を急ぐと、現場が混乱し、投資が無駄になる可能性が高まります。
・「何から手をつければいいかわからない」という課題
自社の業務に課題があることは認識していても、問題が多すぎてどこから手をつけるべきか優先順位がつけられないケースです。とりあえず流行のITツールに飛びついてしまいがちです。
・「ITに詳しい人材が社内にいない」というリソース不足
中小建設企業では「一人の担当者が総務も経理もIT管理も兼任している」ことが少なくありません。専任のIT担当者を置く余裕がなく、ツールの選定や導入後の運用・保守に不安を感じる企業は多いです。
・「導入コストや費用対効果が不安」という投資の壁
DXやIT化には初期費用や月額費用がかかります。「高価なシステムを導入して、本当に売上につながるのか」「コストを回収できるのか」という費用対効果が見えにくいため、経営層が投資に踏み切れないケースです。
・「現場の従業員がITツールを使ってくれない」という浸透の難しさ
特にベテランの職人や高齢の従業員が多い現場では、新しいITツールの操作に抵抗感を示されることがあります。せっかくツールを導入しても、「使い方がわからない」「面倒だ」という理由で使われず、結局アナログな手法に戻ってしまう失敗例です。

中小建設企業がDXを始める前に整えるべき「3つの土台」
高価なITツールを導入する前に、まず整えるべきは「社内の土台」です。この準備を怠ると、せっかくの投資が無駄になってしまいます。建設業のDX成功に不可欠な3つの準備ステップ(=土台づくり)を解説します。これは、建設業におけるDXの「HowTo(手順)」の根幹となる部分です。
1. 経営層の意識改革と「DXの目的・ビジョン」の明確化
DXは全社的な取り組みであり、経営層の強いコミットメントが不可欠です。現場任せ、担当者任せにしてはいけません。
- 目的(Why)
・DXを「IT部門の仕事」ではなく「経営課題」として捉え直すため
・全社で取り組むべき優先課題を明確にするため
- 具体的な行動(ToDo)
・なぜDXを行うのか?:目的を明確にします。「人手不足対策(業務効率化)」「生産性向上(利益率改善)」「技術承継の促進」「新規事業の創出」など、自社の最優先課題を定めます。
・経営トップがDXの必要性を自らの言葉で語る:経営層が明確なビジョンを示し、「会社は本気で変わる」というメッセージを全従業員に発信し続けることが、変革の第一歩となります。
2. 既存業務の「棚卸し」と「可視化」
次に、自社の現状を正確に把握します。目的があいまいなままITツールを導入しても、課題は解決しません。
- 目的(Why)
・勘や経験則に頼っていた業務の実態を、客観的に把握するため
・どこに非効率やボトルネック(課題)が存在するかを特定するため
- 具体的な行動(ToDo)
・「誰が」「何を」「どのように」行っているかを全て洗い出す:現場作業だけでなく、見積もり、受発注、請求、勤怠管理、図面管理など、バックオフィス業務も含めた全ての業務プロセスをリストアップします。
・紙、電話、FAXなど、非効率なアナログ業務を特定する:業務の棚卸しを行う中で、「二度手間になっている作業」「属人化している作業」「デジタル化(IT化)できそうな作業」を特定し、課題の優先順位をつけます。

3. DX推進体制の構築と「スモールスタート」の合意形成
全社的なDXを一気に進めるのは困難です。特に中小企業では、現実的な体制づくりと小さな成功体験の積み重ねが重要です。
- 目的(Why)
・DXを「掛け声」で終わらせず、実務として推進する責任者を明確にするため
・現場の抵抗感を最小限に抑え、成功体験を積ませるため
- 具体的な行動(ToDo)
・IT担当者の任命、または外部パートナーの検討:社内にITに明るい人材がいれば担当者として任命します。いない場合は、導入するITツールのサポート窓口や、地域のITコーディネーター、中小企業診断士など、外部の専門家(パートナー)の活用も視野に入れます。
・いきなり全社変革を目指さず、小さな課題から始める文化を作る:「業務の可視化」で見つかった課題のうち、最も効果が出やすく、現場の抵抗が少ない業務(例:日報のデジタル化、チャットツールの導入など)から試験的に始めます(=スモールスタート)。
土台が整ったら考えるべき「ITツール・DX」の選定ステップ
社内の土台(1.目的の明確化、2.業務の可視化、3.推進体制)が整って初めて、具体的なITツールの選定に移ります。目的を見失わず、自社に合ったツールを選ぶための基準を紹介します。
目的(解決したい課題)から逆算してツールを選ぶ
「多機能だから」「他社が使っているから」という理由で選んではいけません。「整えるべき3つの土台」のステップ2(業務の可視化)で特定した自社の課題、ステップ1(目的)で定めたビジョンに立ち返り、「その課題を解決できるツールか?」という視点で選びます。
- 課題とツールの例
・課題:情報共有の遅れ、伝達ミス
・ツール:ビジネスチャット、クラウドストレージ、施工管理アプリ・課題:現場への移動時間、打ち合わせの非効率
・ツール:Web会議システム、現場カメラ・課題:日報や報告書作成の負担、二重入力
・ツール:施工管理アプリ(日報機能)、電子帳票システム
現場が使いこなせるか?(操作性とサポート体制の重視)
中小建設企業のDXにおいて、最も重要な選定基準の一つが「現場の使いやすさ」です。特にITに不慣れな従業員が多い場合は、多機能でも複雑なツールより、機能はシンプルでも直感的に操作できるツールを選ぶべきです。
また、「ITに詳しい人材がいない」という不安を解消するため、導入時の説明会や、導入後の電話・チャットでのサポート体制が手厚いITベンダーを選ぶことも極めて重要です。
中小企業でも導入しやすい「クラウド型(SaaS)」の検討
従来は、自社でサーバーを構築・管理する「オンプレミス型」のITシステムが主流でしたが、これは初期費用も保守の手間も大きくなります。
現在、中小企業のDX・IT化においては、インターネット経由でサービスを利用する「クラウド型(SaaS)」が主流です。これらは初期費用が安価(または無料)で、月額料金で利用できるものが多く、保守・運用(アップデートなど)もベンダー側が行うため、IT担当者がいない企業でも導入しやすいという大きなメリットがあります。
建設業向けのSaaSには、以下のような種類があります。
・施工管理アプリ(工程・写真・図面・人員管理)
・図面共有・管理ツール
・受発注システム(電子契約・請求書発行)
・勤怠管理システム(現場への直行直帰対応)
・積算・原価管理システム
まとめ:建設業のDX成功は「IT導入前の準備」で決まる
中小建設企業がDXを推進する上で、最も重要なのは高価なITシステムを導入することではありません。
DXとは、ITを活用して「会社の仕組みや働き方を変革すること」です。そのためには、まず経営層が「なぜDXを行うのか」という明確なビジョンを持つことが不可欠です。
次に、自社の現状(業務プロセス)を徹底的に可視化し、どこに課題があるのかを全社で共有します。その上で、「ITに詳しい人材がいない」という不安を解消する体制(担当者の任命や、サポートの手厚いITツールの選定)を整える必要があります。
これらの「土台」を整える前にITツール導入を急ぐと、現場が混乱し、投資が無駄になる可能性が高くなります。人手不足や2024年問題といった荒波を乗り越えるためにも、焦らず、しかし着実に、「IT導入前の準備(土台づくり)」から始めてください。建設業のDX成功は、この準備で決まると言っても過言ではありません。
建設業のDXとIT活用に関する「よくある質問」
Q. 建設業で最初に導入しやすいITツールはありますか?
A. 解決したい課題によりますが、多くの中小企業では「情報共有の円滑化」が最初のステップとなります。具体的には、スマートフォンで現場と事務所が即座に連絡を取り合えるビジネスチャットツール、遠隔地からでも会議や打ち合わせができるWeb会議システム、図面や写真を安全に共有できるクラウドストレージなどが導入しやすく、効果を実感しやすい分野です。
Q. ITに苦手意識がある従業員への教育はどうすればよいですか?
A. 一度に多くのことをやらせようとせず、「まずはこの機能だけ使ってみよう」という小さな成功体験を積ませることが重要です。また、導入するITツールを選定する際に「操作が直感的か」「スマートフォンの操作に対応しているか」を重視するべきです。さらに、ベンダー(提供元)のサポート体制が手厚いか(例:電話や訪問でのサポートがあるか)も、教育コストを下げる上で効果的な選定基準となります。
Q. DXを進めるための補助金や助成金は活用できますか?
A. 活用できます。国や自治体は、中小企業のIT導入やDX推進を支援するために、様々な補助金(例:IT導入補助金、事業再構築補助金、ものづくり補助金など)を用意しています。これらを活用することで、ITツールの導入コストを大幅に抑えられる可能性があります。ただし、補助金ごとに目的、対象経費、申請条件や期限が異なります。申請には事業計画書の作成など専門的な知識が必要な場合も多いため、専門家(中小企業診断士や行政書士)や、補助金申請に詳しいITベンダーに相談することをおすすめします。




