「人事」の基本知識

建設業での人材管理に必要な人事の知識とは?


更新日: 2025/10/22
建設業での人材管理に必要な人事の知識とは?

この記事の要約

  • 建設業の人事管理に必要な4つの知識分野
  • 人手不足を解消する採用・育成・定着の具体策
  • 2024年問題に対応する労働法規と労務管理

建設業における人材管理と人事の重要性

建設業は今、深刻な人手不足や「2024年問題」といった大きな変革期を迎えています。従来の経験や勘に頼った管理だけでは、人材の確保や定着は困難です。企業の持続的成長のため、戦略的な視点を持った「人事」管理の重要性が急速に高まっています。

なぜ今、建設業で「人事」が注目されるのか?

建設業で人事が重要視される背景には、複合的な要因があります。深刻化する人手不足高齢化により、若手や中途採用者の確保・育成が急務となっています。

また、働き方改革関連法の推進、特に2024年4月からの時間外労働の上限規制適用は、業界全体の労働環境見直しを迫る大きな要因です(通称「2024年問題」)。これらの課題に対応し、魅力ある職場環境を整備して選ばれる企業になるために、専門的な人事知識に基づく人材管理が不可欠となっています。

一般的な人事管理と建設業の人事管理の違い

一般的なオフィスワーク中心の企業と建設業の人事管理では、重点を置くべき領域が大きく異なります。建設業特有の事情を理解することが、適切な人材管理の第一歩です。

以下の表は、両者の主な違いを比較したものです。

比較項目 一般的な人事管理(オフィスワーク中心) 建設業の人事管理
管理場所 主に本社や支社オフィス(集約型) 複数の建設現場(分散型)
雇用形態 正社員が中心 正社員、有期契約、一人親方、下請作業員など多様
勤怠把握 比較的容易(タイムカード、PCログなど) 困難(直行直帰、現場移動、天候による変動)
重視する法律 労働基準法 労働基準法+労働安全衛生法建設業法
最重要課題 生産性向上、イノベーション 安全管理技術承継、法令遵守
評価の軸 業績、成果、能力 業績+保有資格、現場経験、安全意識、指導力

人事知識が不足している場合の典型的な悩み

専門的な人事知識が不足していると、企業は多くの典型的な悩みに直面します。これらは、読者の皆様が抱える不安と共通するかもしれません。

人事知識不足による典型的な悩み

採用・定着の課題
 ・ 求人を出しても応募が来ない
 ・ 採用しても若手がすぐに辞めてしまう
 ・ ベテランの技術が若手に引き継がれない

労務トラブル
 ・ 残業代の計算が曖昧で、従業員とトラブルになった
 ・ 社会保険の加入漏れを指摘された
 ・ 2024年問題に何から手をつければいいか分からない

制度上の課題
 ・ 社員の評価基準が曖昧で、不満が出ている
 ・ 現場ごとの勤怠管理が煩雑で実態を把握できていない


建設業特有の課題に対応する人事の知識分野

建設業の人材管理を適切に行うためには、一般的な知識に加え、業界特有の事情を考慮した人事の知識が不可欠です。特に重要となる4つの主要な分野を解説します。

建設現場で安全指導を行う現場監督と若手作業員

① 労働法規とコンプライアンス

建設業の人事管理は、複数の法律が密接に関係するため、高度な専門知識が求められます。

特に労働基準法における時間外労働の上限規制(2024年4月適用)への対応は、労務管理の最重要課題です。
これに加え、現場の安全体制の構築と労働者の危険防止措置を定める労働安全衛生法(安衛法)、そして適正な請負契約や主任技術者・監理技術者の適正配置を定める建設業法への深い理解が、コンプライアンス遵守とトラブル防止に直結します。

[出典:厚生労働省「建設事業の時間外労働の上限規制(わかりやすい解説)」PDF資料]
[出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法」]
[出典:e-Gov法令検索「建設業法」]

② 評価制度と賃金体系

建設業の評価は一律化が困難です。「現場での貢献度」や「事故防止への取り組み」といった目に見えにくい要素や、保有する施工管理技士などの資格、多様な工程をこなせる多能工としての技術力を、いかに公平に評価し賃金に反映させるかが重要です。

明確な評価基準と賃金テーブルを設計する人事知識が、従業員のモチベーション維持に直結します。

③ 人材育成とキャリアパス

ベテラン層の高齢化が進む中、技術承継は喫緊の課題です。従来の「見て覚えろ」というOJT(現場実習)だけでは限界があり、教育プログラムの標準化資格取得支援制度の整備が求められます。

また、若手従業員が「この会社で働き続ければ成長できる」と感じられるような、明確なキャリアパス(昇進・昇格の道筋)を提示することも人事の重要な役割です。

④ 労務管理と福利厚生

現場が分散し、直行直帰が多い建設業では、勤怠管理が複雑になりがちです。正確な労働時間把握は、残業代計算や健康管理の基礎となるため、ICTツールの活用なども視野に入れた管理体制が必要です。

また、社会保険の適切な加入指導(特に下請け企業に対して)や、建設業特有の退職金制度である建設業退職金共済(建退共)への加入促進など、業界の実情に即した福利厚生の知識も欠かせません。

建設業の人事に必要な知識一覧

建設業の人事担当者が押さえるべき主要な知識分野と、業界特有のポイントを以下の表に整理します。

知識分野 主な内容 建設業特有のポイント
労働法規 労働基準法、労働安全衛生法、建設業法 ・時間外労働の上限規制(2024年適用)
・現場ごとの安全管理体制
・下請法との関連
採用・育成 募集、面接、OJT、研修、資格支援 ・若年層の入職促進策
・技術・技能の承継計画
・多能工化の推進
評価・賃金 評価制度設計、賃金テーブル、賞与 ・保有資格や現場経験の評価
・技術力(スキル)の可視化
・現場手当、出張手当等の設計
労務・福利厚生 勤怠管理、社会保険、メンタルヘルス ・現場ごとの勤怠把握の難しさ
・社会保険未加入問題への対応
・高年齢労働者への配慮

優秀な人材を確保・育成する人事戦略

人手不足が深刻な建設業において、戦略的な人事活動(採用・育成)は企業の存続に直結します。単なる欠員補充ではなく、将来を見据えた計画的な人材確保と育成が求められます。

採用:若手・中途採用を成功させるポイント

従来の求人媒体に頼るだけでは、人材確保は困難です。以下のポイントを意識した採用戦略が必要です。

採用活動で重視すべき3つのポイント

1. 働き方(休日、時間)の魅力を明確化する
 週休2日制の導入実績や、残業時間削減の具体的な取り組み(ICT活用など)をアピールし、「建設業=きつい」というイメージを払拭します。

2. スキルアップやキャリアパスを提示する
 入社後にどのような技術が身につき、どのような資格が取れ、将来的にどうキャリアアップできるのかを具体的に示します。

3. 情報発信(SNS、自社サイト)を強化する
 現場の雰囲気や若手社員のインタビュー、会社の取り組みなどをSNSやオウンドメディアで積極的に発信し、企業の透明性を高めます。

育成:技術承継と多能工化を進める教育体制

採用した人材を早期に戦力化し、定着させるには、体系的な教育が不可欠です。

OJTを属人化させず、指導内容を標準化・マニュアル化することが第一歩です。ベテラン社員が若手を一対一で指導するメンター制度の導入も有効です。

また、定期的な社内勉強会や外部研修の活用により、新しい工法や安全知識をアップデートし続ける体制を整えます。複数の工程を担える「多能工」の育成は、生産性向上と人員配置の柔軟化にも繋がります。

資格取得支援とインセンティブ設計

建設業は資格が重視される業界です。従業員のスキルアップ意欲を後押しするため、人事施策として資格取得支援を強化すべきです。

具体的な施策として、受験費用や講習費用の全額補助合格祝い金(一時金)の支給などが挙げられます。さらに、取得した資格に応じて資格手当を毎月の給与に上乗せするインセンティブ設計は、学習の動機付けとして非常に効果的です。


従業員の定着率を高める人事施策

採用した人材に長く活躍してもらうためには、働きやすい環境を整備する人事施策が重要です。「採用して終わり」ではなく、入社後の継続的なケアが定着率向上の鍵となります。

BIM/CIMの3Dモデルを活用して打ち合わせを行う建設会社の社員

労働環境の改善(「新3K」の実現に向けて)

かつての「3K(きつい、汚い、危険)」から、「新3K(給与、休暇、希望)」の実現へとシフトすることが求められています。

給与:公平な評価制度に基づき、技術や貢献が報われる賃金体系を整備します。
休暇:週休2日制の定着や有給休暇の取得促進が重要です。
希望:将来へのキャリアパスや、BIM/CIM、ドローン、勤怠管理システムといったICT・デジタルの活用による業務効率化(=きつさの軽減)によってもたらされます。

コミュニケーションの活性化と人間関係の構築

現場が分散しがちな建設業では、従業員の孤立を防ぎ、組織への帰属意識を高める人事施策が必要です。

現場と本社の情報共有を密にするための定期的なWeb会議や、上司と部下が1対1で話す定期的な面談(1on1ミーティング)の実施は、問題の早期発見に繋がります。また、安全大会や社内イベントなどを通じて、部署や現場を超えた横のつながりを構築することも、風通しの良い職場づくりに貢献します。

安全衛生管理とメンタルヘルスケア

建設業における最優先事項は安全です。定期的な安全教育の実施、ヒヤリハット事例の共有、KY(危険予知)活動の徹底など、安全意識を高める取り組みは人事管理の根幹です。

同時に、メンタルヘルスケアも重要性を増しています。労働安全衛生法に基づくストレスチェックの実施はもちろん、その結果を活用した職場環境の改善や、産業医・カウンセラーによるフォローアップ体制を整備することが、従業員の心の健康を守ることに繋がります。

[出典:厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」]


人事知識を実践に活かすためのステップ

知識を得るだけでなく、自社に導入・定着させることがゴールです。以下の3ステップで、人事施策を実践に移しましょう。

STEP1: 自社の現状課題の把握

まずは自社の現状を客観的に把握することから始めます。

目的:自社の人事管理における問題点を特定するため。
手順
  1. データ分析:離職率の推移、平均残業時間、有給取得率などの定量データを分析します。
  2. ヒアリング:経営層、現場管理者、若手、ベテランなど、様々な立場の従業員にヒアリングを実施します。
  3. アンケート:匿名での従業員満足度調査や、職場環境に関するアンケートを実施し、潜在的な不満や要望を洗い出します。

STEP2: 優先順位付けと計画策定

把握した課題すべてに一度に取り組むのは非現実的です。

目的:最も効果的かつ緊急性の高い課題から着手するため。
手順
  1. 優先順位付け:課題を「緊急度」と「重要度」のマトリクスで整理します。法令遵守に関わる項目(例:残業時間管理)は最優先です。
  2. 目標設定:「半年後に若手の離職率を○%下げる」「時間外労働を月平均○時間削減する」など、具体的かつ測定可能な目標を設定します。
  3. 計画策定:目標達成のための具体的な施策(誰が、いつまでに、何をするか)をスケジュールに落とし込みます。

STEP3: 制度の導入と運用・改善(PDCA)

計画に基づき、新しい人事制度を導入し、継続的に改善します。

目的:制度を形骸化させず、自社に最適化させるため。
手順
  1. スモールスタート:まずは特定の部署や現場で試験的に導入し、問題点を洗い出します。
  2. 周知徹底:新制度の目的やルールを、説明会やマニュアル配布などで全従業員に丁寧に周知します。
  3. PDCAサイクル:制度導入後(Do)、定期的に運用状況を評価(Check)し、課題が見つかれば改善策(Action)を実行します。必要に応じて就業規則への反映も行います。


まとめ:建設業の未来を支える戦略的人事の実現へ

建設業における人材管理は、もはや単なる給与計算や社会保険の手続き(労務)に留まりません。深刻な人手不足や2024年問題といった業界全体の課題を乗り越えるには、法律遵守はもちろんのこと、採用、育成、評価、定着といった一連の流れを戦略的に行う「人事」の知識が不可欠です。

本記事で紹介した労働法規、評価制度、人材育成、労務管理といった知識分野を参考に、まずは自社の課題把握から始めてください。従業員が安心して長く働ける環境を整備し、技術を次世代に繋いでいくことこそが、建設業の未来を支える戦略的人事の実現に繋がります。


よくある質問

Q. 人事担当者がいない小さな工務店でもできますか?

A. はい、できます。すべてを一度に行う必要はありません。まずは「労働時間の正確な把握(勤怠管理)」「社会保険の適切な加入」「時間外労働の上限規制遵守」など、法令遵守に関わる基本的な労務管理から整備しましょう。その後、自社の最も大きな課題(例:若手が育たない)に合わせて、育成計画や簡単な評価制度の導入を検討するのが現実的です。

Q. 建設業向けの勤怠管理システムは導入すべきですか?

A. 導入を推奨します。特に現場が複数に分かれ、直行直帰が多い建設業では、紙やエクセルでの管理は限界があり、労働時間の実態把握が困難です。スマートフォンから打刻でき、現場の位置情報も記録できるようなクラウド型勤怠管理システムは、法令遵守(時間外労働の正確な把握)と、管理業務の効率化に大きく貢献します。

Q. 高齢のベテラン職人への評価はどうすればよいですか?

A. 経験や勘に基づく高い技術力を尊重しつつ、それらの「暗黙知」をいかに次世代に伝承したかを評価軸に加えることをお勧めします。単なるプレイヤーとしての成果だけでなく、「若手の指導実績」や「安全活動への貢献」、「作業マニュアル作成への協力」といった項目を評価し、賃金や処遇に反映させることで、モチベーション維持とスムーズな技術承継が期待できます。

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