「労務」の基本知識

建設業における雇用契約と労務リスクとは?


更新日: 2025/10/23
建設業における雇用契約と労務リスクとは?

この記事の要約

  • 建設業の労務管理に必須の雇用契約書のポイントを解説
  • 長時間労働や労災など、建設業に特有の労務リスクとは
  • 企業の安定経営に繋がる具体的な労務リスク回避策を紹介

建設業における労務管理の基本

建設業界で事業を運営し、労働者が安全に働くためには「労務」に関する正しい知識が不可欠です。複雑な業界構造を持つ建設業だからこそ、基本となる労務管理の重要性は非常に高まっています。この章では、建設業における労務の定義と、その管理がなぜ重要視されるのかについて、基本的な部分から解説します。

建設業における「労務」とは?

まず、建設業における「労務」とは、単に給与計算や勤怠管理だけを指す言葉ではありません。具体的には、以下のような労働に関わるすべての管理業務を含みます。

・ 労働者の募集・採用・退職に関する手続き
・ 労働時間、休憩、休日の管理
・ 賃金の決定、計算、支払い
・ 安全衛生の確保と教育
・ 労働保険(労災保険・雇用保険)および社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入手続き
・ 福利厚生の整備
・ 就業規則の作成・運用

これらの業務を適切に管理することが「労務管理」であり、企業の健全な運営とコンプライアンス遵守の土台となります。

なぜ建設業で労務管理が重要なのか?

建設業は他の産業と比較して、労務管理を特に慎重に行うべき特殊な事情を抱えています。その主な理由は以下の通りです。

建設業の労務管理が特に重要な理由

重層的な下請構造: 元請、一次下請、二次下請…と複数の企業が関わるため、労働者の所属や責任の所在が曖昧になりやすい。
天候や工期の影響: 天候不順による工期の遅れが長時間労働の原因となりやすい。
危険を伴う作業環境: 高所作業や重機操作など、常に労働災害のリスクが存在する。
多様な働き方: 正社員だけでなく、一人親方や季節労働者など、様々な立場の人が混在する。

これらの特性から、ずさんな労務管理は労働災害や賃金未払いといった重大なトラブルに直結します。そのため、適切な労務管理は、労働者の安全確保企業の安定経営を守るための生命線と言えるのです。

建設業の雇用契約書と押さえるべき労務のポイント

雇用契約は、事業者と労働者が対等な立場で健全な関係を築くためのスタートラインです。特に建設業では、現場ごとの労働条件の違いなど、契約書で明確にすべき項目が数多く存在します。ここでは、建設業の雇用契約において、労務管理上、特に注意すべき具体的な項目を詳しく見ていきましょう。

雇用契約書とは?

雇用契約書とは、賃金、労働時間、業務内容といった労働条件を具体的に明記し、事業者と労働者の双方がその内容に合意したことを証明するための重要な書類です。口頭での約束(口約束)だけでも法律上、雇用契約は成立しますが、「言った・言わない」のトラブルに発展するケースが後を絶ちません。書面で契約内容を明確にすることで、労使間の認識のズレを防ぎ、万が一の紛争を未然に防止する役割を果たします。

建設現場で安全書類を確認し握手する監督者と作業員

建設業の雇用契約書に必須の項目

雇用契約書には、労働基準法第15条に基づき、必ず明示しなければならない「絶対的明示事項」があります。以下は、その中でも特に建設業の実態に合わせて注意深く記載すべき項目をまとめた表です。

表:【労働基準法準拠】建設業の雇用契約書で必ず明示すべき5つの項目

項目 内容 建設業での注意点
契約期間 期間の定めがあるか、ないか(無期雇用か有期雇用か) 有期契約の場合、特定の工事期間のみの契約なのか、更新の有無や更新する場合の判断基準を具体的に明記します。
就業場所・業務内容 実際に働く現場名や、担当する作業(例:型枠大工、鉄筋工など) 現場が頻繁に変わる可能性があるため、「〇〇工事現場、その他会社の指定する場所」のように、異動の可能性を記載します。
労働時間・休憩・休日 始業・終業時刻、休憩時間、休日(曜日など) 天候による休日変動の可能性や、週休二日制の導入状況など、実態に即して具体的に定めます。時間外労働の有無も明記が必要です。
賃金 金額(日給、月給など)、計算方法、支払方法、支払日 日給月給制、日給制など、建設業で多く見られる賃金体系を明確にし、残業代の計算方法(割増率など)も記載します。
安全衛生 安全に関する教育や健康診断について 現場での安全確保義務や、会社が実施する安全教育、必要な資格取得支援の有無などを記載することが望ましいです。

[出典:e-Gov法令検索「労働基準法 第十五条」]

「雇用契約」と「請負契約」の違いとは?

建設業では、従業員として雇用する「雇用契約」の他に、一人親方などに仕事を依頼する「請負契約(業務委託契約)」が混在します。この二つは法律上の扱いが全く異なり、混同すると「偽装請負」という重大なコンプライアンス違反を問われるリスクがあります。両者の違いを正しく理解しておくことが重要です。

比較表:「雇用契約」と「請負契約」の主な違い

比較項目 雇用契約 請負契約
指揮命令関係 あり(使用者の指示を受けて働く) なし(仕事の完成自体が目的)
労働時間の拘束 あり(始業・終業時刻が定められる) なし(納期までに仕事を完成させれば良い)
報酬の性質 労働の対価としての「給与」 仕事の完成に対する「報酬」
労働保険の適用 適用あり(労災保険・雇用保険) 原則として適用なし(自身で国民健康保険等に加入)

形式上は請負契約でも、実態として現場で細かく作業の指示をしたり、時間を管理したりしている場合は「雇用関係にある」と判断され、偽装請負と見なされる可能性があります。

建設業に潜む重大な労務リスク

適切な労務管理を怠ると、事業の存続を揺るがしかねない重大なリスクに発展する可能性があります。特に建設業は、その業界特性から特有の労務リスクを抱えています。ここでは、代表的な3つのリスクについて、その内容と危険性を具体的に解説します。

長時間労働や残業代未払いに関するリスク

建設業は、厳しい工期や天候不順、人手不足などを背景に、長時間労働が常態化しやすい傾向にあります。2024年4月からは、災害時などを除き、時間外労働の上限が原則として月45時間・年360時間と定められ、違反した企業には罰則が科されることになりました。これに伴い、サービス残業や残業代の未払いは、従業員からの訴訟や労働基準監督署による是正勧告に繋がり、企業の社会的信用を大きく損なうリスクとなります。
[出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務」]

労働災害と安全配慮義務違反のリスク

建設現場は、墜落・転落、飛来・落下、建設機械との接触など、常に労働災害のリスクと隣り合わせです。事業者は、労働契約法第5条に基づき、労働者が安全で健康に働けるように配慮する「安全配慮義務」を負っています。この義務を怠り、安全教育の不足や危険な作業環境の放置によって労働災害が発生した場合、労災保険による補償とは別に、事業者自身が多額の損害賠償責任を問われる可能性があります。
[出典:e-Gov法令検索「労働契約法 第五条」]

社会保険の未加入に関するリスク

重層的な下請構造の中で、二次、三次の下請事業者に所属する労働者や、一人親方などが適切な社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入していないケースが問題視されています。国土交通省は社会保険への加入を徹底する方針を打ち出しており、未加入の企業は、元請企業から指導を受けたり、公共工事の受注ができなくなったりするペナルティを受けるリスクがあります。悪質な場合は、最大2年間に遡って保険料を追徴される可能性もあり、企業の経営に直接的な打撃を与えます。
[出典:国土交通省「建設業における社会保険加入対策」]

労務リスクを回避するための具体的な対策【実践チェックリスト】

これまで見てきたような労務リスクは、日々の適切な管理によって十分に防ぐことが可能です。この章では、企業の担当者が明日から実践できるよう、具体的な対策を「チェックリスト形式」で解説します。自社の体制に漏れがないか、一つひとつ確認していきましょう。

1. 雇用契約書の作成・管理体制をチェックする

目的: 労働条件を文書で明確にし、労使間の認識のズレや将来的なトラブルを未然に防ぐ。

手順1:労働条件通知書の作成と交付
 ・ □ 労働基準法で定められた絶対的明示事項(契約期間、賃金、労働時間など)はすべて記載されているか?
 ・ □ 建設業特有の事項(現場の移動、天候による休日変更など)は実態に即して記載されているか?
 ・ □ 採用時に、必ず労働者本人に書面で交付しているか?

手順2:内容の説明と合意
 ・ □ 書面を渡すだけでなく、口頭で丁寧に内容を説明し、質問の時間も設けているか?
 ・ □ 労働者が内容に納得した上で、署名・捺印をもらっているか?

手順3:適切な保管
 ・ □ 署名済みの契約書は、会社と労働者の双方で1部ずつ保管しているか?
 ・ □ 労働条件に変更があった場合、覚書を作成し、更新履歴を管理しているか?

ポイント: 厚生労働省が提供する「モデル労働条件通知書」を参考にしつつ、必ず自社の実情に合わせてカスタマイズすることが重要です。

2. 労働時間の客観的な管理体制をチェックする

目的: 長時間労働を抑制し、残業代の未払いを防ぐ。労働基準監督署の調査にも対応できる客観的な記録を確保する。

チェック項目
 ・ □ タイムカード、ICカード、勤怠管理アプリなど、客観的に始業・終業時刻を記録する方法を導入しているか?
 ・ □ 管理者は、記録された労働時間と実態に乖離がないか、定期的に確認しているか?
 ・ □ 36協定で定めた時間外労働の上限を超えそうになっている従業員を事前に把握し、警告する仕組みがあるか?
 ・ □ 記録されたデータに基づき、残業代が1分単位で正確に計算・支給されているか?

注意点: 労働時間の管理は、従業員の健康を守る上でも極めて重要です。自己申告制のみに頼る方法は、客観的な記録とは見なされない可能性が高いため避けましょう。

3. 安全衛生管理体制をチェックする

目的: 労働災害を未然に防ぎ、事業者が負うべき「安全配慮義務」を果たす。

チェック項目
 ・ □ 新規入場者教育や、作業内容に応じた特別教育を計画的に実施しているか?
 ・ □ 毎日の作業開始前に、危険予知(KY)活動を実施し、危険への意識を高めているか?
 ・ □ ヘルメットや安全帯などの保護具が、全作業員に適切に支給・使用されているか?
 ・ □ 現場の整理整頓(5S)が徹底され、墜落や転倒のリスクが低減されているか?
 ・ □ ヒヤリとした、ハッとした事例(ヒヤリ・ハット)を収集・共有し、再発防止に活かす仕組みがあるか?

まとめ:適切な労務管理が建設業の未来を支える

この記事では、建設業における雇用契約の重要性と、それに伴う様々な労務リスクについて網羅的に解説しました。最後に、本記事の重要なポイントをまとめます。

建設業の労務管理 3つの要点

1. 明確な雇用契約書がトラブル防止の第一歩
 労使間の認識のズレを防ぎ、健全な関係を築くための土台となります。

2. 3大労務リスク(長時間労働・労災・社会保険)への理解
 建設業特有のリスクを正しく認識し、その深刻さを理解することが対策の出発点です。

3. リスク回避には仕組み(契約・勤怠管理・安全教育)が不可欠
 場当たり的な対応ではなく、継続的に運用できる体制を構築することが重要です。

適切な労務管理は、単なるコンプライアンス遵守にとどまりません。それは、労働者が安心して働ける魅力的な職場環境を作り、人材の定着と企業の生産性向上を実現し、ひいては建設業界全体の持続的な成長を支えるための重要な「未来への投資」です。この機会に自社の労務管理体制を今一度見直し、より強固な経営基盤を築きましょう。

よくある質問

建設業で一人親方と契約する場合、雇用契約書は必要ですか?

A. 一人親方との契約は、原則として「請負契約」となります。そのため、雇用契約書ではなく、業務委託契約書(請負契約書)を交わすのが一般的です。ただし、実態として現場での指揮命令関係がある場合は「偽装請負」と見なされ、労働者として保護すべき対象となる可能性があるため注意が必要です。

口約束で雇われた場合、法的に保護されますか?

A. 口約束だけでも雇用契約は成立するため、法的な保護の対象となります。しかし、労働条件が不明確になり、後々「言った、言わない」のトラブルに発展する可能性が非常に高いです。トラブルを未然に防ぐためにも、労働者側からも事業者側からも、必ず書面で雇用契約書(または労働条件通知書)を取り交わすことが重要です。

天候が悪くて現場が休みになった場合、給料は支払われますか?

A. 会社の都合(使用者の責に帰すべき事由)で労働者を休ませる場合は、原則として休業手当(平均賃金の60%以上)を支払う義務があります。ただし、台風の直撃など、事業者も予測・回避が困難な不可抗力による休業の場合は、支払い義務は発生しないと判断されることもあります。契約内容や会社の就業規則によって対応が異なるため、事前の確認が重要です。

建設業の「2024年問題」で労務管理はどう変わりましたか?

A. 最も大きな変更点は、時間外労働の上限規制が罰則付きで適用されたことです。これにより、工期遵守のための安易な長時間労働が許されなくなり、より一層厳格な勤怠管理と生産性向上の取り組みが求められるようになりました。また、これと並行して進められている週休2日制の確保や社会保険加入の徹底も、重要な労務管理の課題となっています。

NETIS
J-COMSIA信憑性確認
i-Construction
Pマーク
IMSM

株式会社ルクレは、建設業界のDX化を支援します